京都の「琵琶湖疎水」は、明治の先人たちが命を懸けて切り拓いた希望の道。

その中でも、蹴上(けあげ)付近に

残るインクライン(傾斜鉄道)の線路跡は、かつての物流の脈動を今に伝える、

美しくも力強い遺構でした。

春の喧騒が少し落ち着いたある日、鉄路の記憶を辿って歩きました。

地下鉄東西線の蹴上駅を降り、地上へ出ると、そこには不自然なほどまっすぐに

伸びる「線路」が、なだらかな坂道を形作っていました。

ここはかつて、船が山を越えるための「鉄道」だった場所。高低差のある運河を結ぶため、

船を台車に乗せて運んだ世界最長級の傾斜鉄道跡です。

レールの上を歩くと、足の裏から砂利(バラスト)の感触が伝わってきます。

かつてはここを、水を含んで重くなった三十石船を載せた巨大な台車が、

ワイヤーに引かれて行き来していました。

いまや鉄路は赤錆び、周囲には桜の木々が静かに枝を広げていますが、目を閉じると

、蒸気機関の音や、船頭たちの威勢のいい声が聞こえてくるような気がしました。

線路の終着点、インクラインの下部へ向かうと、勢いよく流れる疎水の水に出会います。

インクラインを離れ、さらに歩を進めると、南禅寺の境内に突如として現れる

レンガ造りのアーチ。水路閣です。

 古刹の静謐な空気の中に、洋風の赤レンガが溶け込んでいる不思議な光景。今もなお、

アーチの上部には琵琶湖の水が滔々と流れていました。

 

蹴上インクラインの線路跡は、単なる「廃線」ではありません。

それは、かつて枯死しかけた京都を再生させようとした、

明治の人々の「挑戦の足跡」そのものです。

現在は散策路として整備され、多くの観光客が写真を撮る華やかな場所になりましたが、

その足元にある二本のレールは、今も変わらず琵琶湖と京都を繋いだ歴史の

重みを支え続けています。