高校1年生のとき、担任の先生が留学していたというカナダのブリティッシュ・コロンビア大学にあこがれて、自分もいつかブリティッシュ・コロンビア大学へ行くんだ、と夢想していた。昭和から平成に入ったころのことである。

ブリティッシュ・コロンビア大学で何を勉強するのか特段の考えがあったわけでもないし、留学したあとでどういう仕事をしたいのかというビジョンもまるっきり無く、したがって星の数ほどある大学の中でなぜブリティッシュ・コロンビア大学なのかといえば理由など何もなかったのである。

僕はただただブリティッシュ・コロンビア大学に恋をしていたのだ。恋としか言いようがない。

結局、留学はしなかった。まぁもともと背伸びをした夢であった。 僕はふつうの日本の大学へ行き、ふつうの日本の会社の、ふつうのサラリーマンになった。



それから20年後、36歳になっていた僕はバンクーバーに行く機会を得た。

たった一日だけ自由になる日、僕は観光ガイドブックに載っている名所やグルメには目もくれず、トロリーバスに乗ってブリティッシュ・コロンビア大学へ向かった。ただただ、あこがれのブリティッシュ・コロンビア大学を一目見たかったのである。 

目的地に近づくに連れて、混み合っていたトロリーから少しずつ人が降りてゆき、いつの間にか学生風の若い人ばかりになった、やがてトロリーはブリティッシュ・コロンビア大学の構内に入っていった。広い道の両側には木々がならび紅葉の合間から木漏れ日が風に揺れていた。芝生を数匹のリスが駆け抜けた。



僕は初恋の人に会いに来たように、年甲斐も無く頬を紅潮させ、ドキドキしながらキャンパスを歩いた。一日で歩いて巡るには広すぎるキャンパスなのだけれど、歩けるだけ歩こうと思った。

人類史博物館に入ってゆくとガラス張りの吹き抜けで 高い高いトーテムポールが僕を見下ろした。極北インディオ(イヌイット、カナダ・インディアン)の 丸木舟や衣服や狩猟具、日本や韓国の先史遺物もあって、それらを見ていると、16歳の僕と36歳の僕とは確かにつながっているんだと感じた。

まるで古い礼拝堂のような大学図書館の入り口には初老の守衛さんがいて、ここの学生じゃ無いのだけれど中を見たいのだと言ったら、もちろんだ歓迎するよと満面の笑みで通してくれた。アンティーク調の木の机がならぶ閲覧席の真ん中の、ひときわ大きな机を 何人かの学生が囲んでなにやら議論をしていた。階段書庫を登ると まるで僕が16歳のときから待っていてくれたような、温かくしめった古い本の匂いがした。



ごった返すカフェテリアで 学生たちに混じってハンバーガーとオニオンフライとポテトを食べ、窓から午後の光をながめた。いかにも世界中から集まってきている感じのたくさんたくさんの顔が食べたり話したり笑ったりしていた。

それを眺めていたら16歳のときの僕はたしかに、恋をすべき正しい相手に、正しい恋をしていたのだと思えた。

片想いの人が歳をとってますます素敵な女性になったのを見届けたような気持ちで僕は日本へ帰ってきた。

ブリティッシュ・コロンビア大学は間違いなく素敵だった。そして僕は間違いなく今を生きている。

写真・文: 田好享裕 (たよし ゆきひろ)

 

 

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