最近YouTubeを見ていると「特攻隊員の遺書」が出てくる。私がよく見るせいか、松任谷由実の歌がBGMに使われていて、繰り返し出てくる。知覧特攻平和会館にも何度かお伺いして、特攻隊員の遺書は何通も読んだが、年を取ったせいか、涙なしでは読めなくなってしまっている。母とも知覧にも、靖国神社にも二度ほど参拝したが、何が幸福か考えてしまう。

 特攻隊員は大体18歳から30歳半ばまでのようである。18歳ぐらいだとほとんどは「両親」宛である。20歳半ばになると「両親プラス新妻や恋人」宛になる。「弟や妹」宛もある。30歳を過ぎると「幼い娘や息子」宛もある。日本の家族制度を手放しで賛美するつもりはないが、両親もない今、生涯未婚の私にとっては、「後世に残すものは何もないのか」と寂しく思う。特攻隊員は決して天皇制を信奉して、「天皇陛下万歳」と言って死んでいったわけではないと思う。しかし家族を思い、家族の将来の為に死んでいったのである。両親へは感謝を、妻子や弟妹については後を頼む、と言って死んでいってる。日本の未来の為に出撃するわけである。このような事態に立ち至ったことへの恨みつらみは述べていない。過去ではなく、未来の為に自分は死んでいくんだと言い聞かせているようにも見える。新妻や恋人への手紙には、よき伴侶を探してくれという者がある。今の目で言うならば「恋愛結婚」と呼べるものではなかったかもしれない。普通に言うところの「お見合い結婚」だったのであろう。短い付き合いだったと書かれているものも多かった。しかし愛情あふれる手紙である。「会いたい。話をしたい。側にいたい。・・・」

 昨日従姉からの手紙を受け取った。母の妹の長女である。初めての手紙であった。叔母から聞いた私の母の事が書かれてあった。今年の10月で100歳になるという。母には付き合っている男性がいて、農学校の先生だったそうである。私はその話は聞いたことがなかった。兄の父親とのお見合いの話は聞いたことがある。一度ではなく数度だったと思う。風邪をひいて寝込んでいたら、大連から親戚の若者がお見舞いにやってきて、しばらくしたら縁談になったそうである。昭和18年の事だったらしい。昭和19年に大連に渡って新婚生活が始まったらしい。すぐに召集令状が来て、関東軍に入隊したそうである。関東軍は精鋭部隊なので戦死することはあるまいと言われていたそうである。ハルビンまで会いに行ったりしたそうである。兄は父親とは一度も会えなかったそうである。まだお腹の中にいたので。私が生まれた後に戦死公報が届いて、戦死した日が私の誕生日であった。私の父はいい顔しなかったそうである。終戦まであと一日だったが、ソ連はお構いなしに攻めて来たので、もっと後になっても戦死したのであろうと思った。「シベリア抑留」の話を聞いたりしたら、戦死した方がよかったかもしれないと思った。「異国の丘」などが妙に沁みたものである。引揚者の話は直接間接によく聞いたものである。新聞なんかでも記事になっていたようだ。ラジオやTVでも放送されていたように思う。しかしいつの頃からか、忘れられたのだろうか、もう人々は忘れ去ろうとしたのだろうか、余り聞かなくなった。内容もいつしか変わったように思う。朝鮮半島や台湾の他に満洲や樺太、上海などからも引揚者はいた。引揚の苦労話とともに、現地の人々の親切も語り伝えられていた。近所に住んでいた台湾からの引揚者は小学校の先生をしていたので、教え子たちの盛大な送別会に感激したそうである。満洲からの引き揚げは大変だったらしく、どちらかと言うとソ連兵の横暴さへの非難になっていた。朝鮮半島からの引き揚げは、やはり現地の人々の親切が印象的だったようである。少なくとも庶民レベルでは日本人に対して悪さをする者は少なかったようである。日本人でも評判が悪かった人はひどい目に遭ったという話しは、伝聞ではあるが聞いた話である。日本人というだけでひどい目に遭ったという話しは、昭和30年代まであまり聞かなかったように思う。その後誇張された作り話みたいなものが流布されることになったようである。戦前の日本は悪かった一色になってしまった。占領下であれば仕方が無い面はあったと思うが、昭和27年以降は一応主権を回復して独立国になったのであるから、もう少し違った形で歩んでも良かったと思う。しかし当時は「朝鮮戦争」のさなかである。完全な主権回復は難しかったのであろう。問題は「戦後は終わった」とされる昭和30年代ではなかろうか。恋愛結婚と自由が声高に叫ばれた。高校の校則には「不純異性交遊」は退学だったように記憶している。「お見合い結婚」は「偽りの結婚」で、「恋愛結婚こそ真の結婚である」みたいに言われるようになった。私もそれに染まった口である。

 さて「マイホーム亭主」という言葉が流行ったが、そんなに悪く言われたわけではない。「家を建てる」「車を買う」などは人生の一大目標になっていたのである。「三種の神器」と呼ばれた家電製品の購入は家事労働を随分と軽減してくれた。しかし反面、家事労働の大変さが重要視されなくなった。家の手伝いが子どもには必須であったのに、勉強第一になってしまった。我が家のように「勉強と親孝行はどっちが大事か」という親は少なくなったようである。「60年安保」の時はまだ政治闘争として意味があったのかもしれないが、「70年安保」の時は「安田講堂」や「連合赤軍」で、人々は白けてしまったようである。個人主義というか「利己主義」が大手を揮って世間を闊歩したようである。「資本主義経済」の理屈が客観的な正義のように言われるようになった。「ソ連の崩壊」や「文化大革命」は共産主義の限界を見せつけたようであった。「資本主義」が正しいとは言えないのに、日本は「資本主義国家」として大発展をしたのである。いつしか日本が一番と言われるようになり、アメリカの有名な場所を日本の企業が買い占めたりしたのである。調子に乗っていたのである。「バブル景気」に浮かれている時に、しっかりと日本の将来を考えるべきであった。

 「日本文明」という世界でも類似のものがない独自の文明を確立した国であると発信すべきであった。「親中派」であろうと「親米派」であろうと関係なく受け入れたのが失敗であった。将来の指針が示されないと、どこにでも行ってしまい、迷子になってしまう。昭和天皇が亡くなり「平成の時代」になった。昭和を総括すべきであった。「大東亜戦争」でなぜ負けたのか。昭和天皇は「敗戦の責任は私にある」と仰られていたそうである。立憲君主国であった「大日本帝国」は主権者は天皇である。開戦も終戦も最後は天皇の御聖断を仰ぐという形になってしまった。「明治150年祭」と言うのが祝われたそうだが、昭和に入っても「明治憲法」がそのまま踏襲されていたのが、間違いの本という議論があるそうだが、ではどうすればよかったのか。「全員一致」というスタイルが日本人は好きだが、やはり「全員一致」は難しい。形の上では議院内閣制だったのだから、総理大臣に権限を集中させるべきであったろう。天皇はその総理大臣を信任するという形であれば、もう少し軍部の独走を食い止めることが出来たのではなかろうか。マスコミにもう少し真実を伝えさせるようにすれば良かったと思う。御用新聞ならば堂々と「御用新聞」の役割を果たさせるべきであった。「大本営発表」の後に、一説には「あれこれと・・・」という説もあると発表させればよかったのである。日本人は「一致団結」の必要性も利点もよく理解していると思う。問題は「一致団結」までの過程である。「ポッダム宣言」の受諾は「国体護持」で一致したはずである。無条件降伏なんかではなく、条件降伏である。占領軍は条件を守る義務があったはずである。日本人の欠点に、あれこれ言うのは男らしくないという風潮がある。結局黙って刑に服したが、戦犯の裁判に関しては、A級戦犯だけではなく、B級C級戦犯の方がでたらめがまかり通ったようである。戦勝国の人間に対しての「戦犯の裁判」が実施されないのは、やはり片手落ちであろう。大石内蔵助であれば放置しないであろう。

 NHKの大河ドラマ第一弾は昭和38年の「花の生涯」であった。「安政の大獄」を実施した「井伊直弼」の名誉回復に随分と役立ったのではないだろうか。「名誉回復」したい日本人が、意識されていたのであろうか。第2弾は「赤穂浪士」であった。幕府の処分は片手落ちであるというメッセージが込められていたように思う。尾上松緑演ずる「井伊直弼」も、長谷川一夫演ずる「大石内蔵助」も信念の人である。口数は少ないが、視聴者は自分たちの父や祖父のイメージを重ね合わせたのではなかろうか。この年齢になると自分の事より、他人の事に尽くす人に共感を覚える。

 「終活」という言葉の下に「墓仕舞い」をする人が増えたようだ。「墓守」というのは、大事な仕事だったが、その意義が薄れてしまったようである。お金のことばかり言って、簡単な葬式ばかりが増えた。もう長いこと墓参りをしてないから、墓仕舞いをしようとか、個人の勝手を優先させるとは、本当に情けなくなる。今が大事ならば「地球温暖化」などは放っておけということだ。家族の事を考えて、子や孫の事を考える。郷土の未来について考える。愛国心も、道徳も、そうした素朴な思いから枝分かれしていくのではなかろうか。神社やお寺に保存されてる古文書で、随分と新しいことがわかっている。旧家の蔵からお宝とともに、色々な文書が出てきている。簡単に断捨離してしまってはいけない。歴史などない欧米の言うことを聞いてはいけない。白人が自分たちの間違いに気づいて、反省することを期待しよう。「ローマ教皇」は今世界中を回って謝罪してまくっているそうだ。「心からの謝罪」は「赦されるべきである」と考えているので、簡単に謝罪しているようである。しかしまあ謝罪しないよりはましなんだろう。物質的な補償はしないで済むようだからな。