第82期名人戦第2局は成田山新勝寺で行われた。1日目で藤井聡太名人が指しやすくなった。39手目を豊島将之九段が封じたが、残り時間は4時間31分で、藤井名人が5時間21分であった。AIが示した評価値は藤井名人53%、豊島九段が47%であった。封じ手は大方が6六銀だったが、豊島九段の封じ手は2七歩であった。更に評価値は下がった。辛抱の一手であった。局後の感想でも豊島九段は序盤で悪くした感想であった。しかし藤井名人も悲観的なのかあまり良いとも思っていなかったのか、42手目で1時間33分の大長考であった。大体長考後の一手はあまり良くないことが多い。5四歩だったが、あまり感触が良くないと思った。しかし豊島九段も疑問手が出て、藤井名人の評価値は60%台になった。中終盤の精度の高さが藤井名人の特徴でもあり、強味なのだが、先の叡王戦第2局でもそうだったが、どうもあまり良くない。8五桂からの飛車取りも、上手いタイミングで取るのが従来の藤井名人であったが、どうも豊島九段の息を良くさせたようである。豊島九段の角が働き出した。5九角にまでなって、最後は1五角にまでなってしまった。駒得はしているが、珍しく藤井名人の駒の働きが悪い。1筋の攻防で分が悪くなった藤井名人は78手目2五桂と打つ。勝負手である。残り時間も39分になってしまった。勝負所と見て豊島九段も考える。藤井名人は平気そうな顔をしていたが、かなり苦しい場面である。手が見える藤井名人は既に敗色濃厚であると自覚していたであろう。79手目46分考えての2三香成と飛車を取った手が決め手になったはずだが、ノータイムの2七歩成が勝負手の継続手であった。ここで豊島九段に悪手が出る。3九玉と逃げた手が良くなかったが、藤井名人の2三金と成香を取った手が悪手で2一飛の痛打を浴びる。二転三転しているのである。「最後に悪手を指した方が負ける」というのが、将棋の恐ろしさで恐らく敗着は2七玉と早逃げした手であろう。5二銀も疑問手ではあったが、致命傷にはなってはいない。しかし豊島九段相手に2局連続の逆転勝ちは幸運だった。最終盤が伊藤匠七段だったら逃さなかったのではないかなと思った。藤井名人の終盤の恐ろしさを熟知しているだけに、逆にエアポケットみたいに落ち込むのかもしれない。特に時間が無くなると、ふとこのまま指し継いでいっていいのかなと頭によぎるのかもしれない。悪魔のささやきである。渡辺明棋聖(当時)に訪れた悪魔のささやきである。自分の指し手に疑問を持つのである。自分の読み以上の手を指されて負けた経験が増えると、そうなるのであろう。タイトル戦で負け過ぎたせいで、渡辺明九段に起きた心理であろう。今回4度目の対藤井戦のタイトル戦である。長時間対峙して敗れる心境は、同じ相手に何度も苦汁を飲まされた経験がある棋士でなければわからないであろう。大山康晴十五世名人を相手にした二上達也九段や加藤一二三九段などがそうであろう。羽生善治九段を相手にした佐藤康光九段もタイトル戦ではそんな気分になるのかもしれない。将棋は自分の読みに自信が持てないと指せないゲームである。時間が無くなると藤井名人も間違えることが多い。タイトル戦だと時間が無くなって何手も指すことが少ないので、タイトル戦での勝率が高いのであろう。「二度あることは三度ある」ではないが、タイトル戦での3連敗は私たちが思うより以上にダメージは深いのであろう。敗戦後の豊島九段の表情を見ていたら気の毒以上である。

 さて叡王戦第3局は伊藤匠七段に取って正念場である。羽生九段に取っての佐藤康光九段になるか、森内俊之九段になるかの境目のような気がする。森内九段はタイトル戦では羽生九段に対して互角以上の成績を上げている。タイトル戦出場回数で森内九段を離している佐藤康光九段であるが、獲得数では拮抗している。森内九段は名人戦では羽生九段に先行して十八世名人の資格を取得している。名人では勝ち越しているのである。年齢も一緒であるのが強みだったのかもしれない。タイトル戦で唯一叡王戦だけ最終戦までもつれたことがある。持ち時間もタイトルで最も短い。伊藤匠七段にとっては千載一遇のチャンスであろう。藤井名人はこのところ不調だと思う。将棋の内容でそう思う。時間の使い方とか色々と変調の色が出ている。藤井名人が不調であっても、持ち前の修正力の高さを見せつけて防衛するかどうか、見どころである。