昨日は午前中にはNHK杯戦決勝で佐々木勇気八段に敗れて、中原誠十六世名人の年間最高勝率更新が駄目になった。思った以上にこちらが気落ちしてしまった。負け方が悪いと思った。98%からの逆転負けである。大体ああなったら逃さないのが藤井竜王名人の特徴だったのに、佐々木勇気八段も才能豊かな天才棋士だっただけの事がある。改めてNHK杯の録画を見直してみると、5五馬の瞬間表情が輝いたように見えた。気のせいなのかな、直ぐに2四飛と飛車を切った。後は自分を落ち着けるような表情に変わったように見えるのは、やはり結果を知っているせいなのかな。やはり藤井竜王名人も若者ということである。以前に見た阿久津主税八段の解説の時、最後の決め手をカッコいい方を選ぶか、確実な方を選ぶかの時、阿久津八段はカッコいい方を選ぶと言って、藤井竜王名人もその順を選んでいた。即詰みがある時はその順を選ぶが、即詰みがない時はどのような形で投了に追い込むかだが、やはり確実な順を選ぶのが多いのが藤井竜王名人の強さである。しかし時々カッコいい方を選ぶ時がある。大体詰将棋はカッコいい詰め手順や詰め上がり図を選ぶ。詰将棋作家にはそのような傾向が強いように見受けられる。その昔詰将棋作家としても有名だった内藤國雄九段は美意識の高さでも有名だった。詰み手順の見事さや詰め上がり図の見事さを称賛されたものである。加藤一二三九段と同学年だった。内藤九段が奨励会入りした時には既に加藤一二三九段は奨励会三段だった。指し将棋の天才と詰将棋の天才が同じ学年とは因縁めいている。

 因縁めいていると言えば、今期に同学年対決が実現した藤井竜王名人対伊藤匠七段戦である。竜王戦に引き続き、棋王戦でも対伊藤匠七段に対して連勝が続いている。連勝と言えば中原誠十六世名人の加藤一二三九段戦の20連勝が記憶に残る。20連敗後に加藤一二三九段は中原名人の10連覇を阻止して、その後もほぼ互角の対戦成績であった。翌年加藤一二三九段以来の中学生棋士に成った谷川浩司八段が加藤一二三名人に挑戦して、最年少名人になったのである。その後名人戦で二度も谷川名人を破った中原誠十六世名人である。加藤一二三九段に名人位を奪われずに防衛戦で谷川八段を迎えたら、恐らく名人位を防衛したであろう。大山名人の記録を凌駕したかもしれない。タラレバの話は面白くないと言われるが、タラレバの方が面白いと私は思っている。

 さて藤井棋王の工夫で見慣れない局面に誘導されたが伊藤匠七段の方が、評価値ではやや有利になっていた。歩得ではあるが模様が悪く時間も使わされていた。48手も目の5五歩で五分五分に戻ったが、時間差もほぼ30分になっていた。51手目の2五歩はさすがに打たされた感があり、藤井棋王が有利になった。時間も1時間以上開いて、これからはどんどん差が開いていくのかと思ったが、伊藤匠七段は流石にレーティング2位や3位をキープしているだけあって、底力を発揮してくる。AIの評価値は藤井棋王に偏っていくが、時間でも形勢でも伊藤匠七段が迫っているという印象であった。印象的には2手差、3手差があったのが1手差に近づいたような気がしていた。伊藤玉に迫る手段が難しいのではと思っていたが、95手目2八香を喰らってしまった。時間も1分差まdになってしまった。飛車も渡さないといけない。午前中に98%からの逆転負けを見ているので、93%となっても、いつもなら決まったなと思うのだが、この日は心配だった。無事着地できるのか。しかし心配は杞憂だった。着実に伊藤玉を追い詰めて、114手目8九金で伊藤匠七段は投了を告げた。打ちにくい7八角打ちが決め手だったのだなと、終局後改めて思った。感想戦はすぐ始まったが、インタビュー、大盤解説場での挨拶、戻って感想戦の続き。そして記者会見と、一昔前だったら考えられない局後のハードスケジュールである。午前中に放送されたNHK杯の結果を踏まえた質問も随分とあった。以前だったら失礼だと忖度されてされなかったであろう質問も、将棋番記者ではないので、遠慮なく質問されていた。終わって解放された後の藤井棋王の足取りが印象的であった。

 タイトル戦の21連覇は記録更新である。別の記録が今度は注目された。タイトル戦14連勝である。大山名人に次いで単独2位だそうである。年度最高勝率は更新できなかったが、自己記録更新で歴代2位である。名人戦まで23日空いているが、その間どうするかなど、余計な質問も多かった。非公式戦もあるだろうし、研究の時間もあるだろうし、忙しい毎日を送る事には変わりない。令和5年度の公式戦が終わったにすぎないのである。詰将棋選手権の出場問題もクローズアップされるかな。

 しかし負けた相手が6人で、佐々木大地七段と永瀬拓矢九段に2敗を喫して、合計8敗は見事である。常識的にはこれを超えるのは無理なような気がするのだが、記録更新を期待させる強さであることは確かである。2敗を喫した二人も佐々木大地七段とは7勝2敗だし、永瀬九段とは4勝2敗である。今年度は一般棋戦で3敗しているが、いずれも決勝戦である。つまり今年度も一般棋戦ではすべて決勝進出を果たしているのである。少なくともタイトル戦を含めて、その棋戦の1番を決める対局まで進んでの敗戦である。12期戦中9棋戦で優勝を果たして、3棋戦で準優勝である。おそらくこれも記録であろう。途中経過を見ているわけであるが、やはり将棋ファンとしては喜ばしいことであろう。棋王戦の解説にABEMAで佐藤康光九段が登場していたが、伊藤匠七段に対する、言外のリスペクトを感じた。伊藤匠七段の実力は認めざるを得ないものであろうが、それを素直に認めているところが凄いなあと感じた。羽生善治全盛期においてナンバー2は佐藤康光九段だろうと思っている。名人獲得では森内俊之九段の後塵を拝しているかの印象だが、名人獲得は佐藤九段の方が先である。永世棋聖も獲得している。ナンバー2はいつの時代でもナンバー1の陰に隠れて姿を現しにくい。代表的だったのは二上達也九段であろうか。大山名人の評判が悪いのは升田幸三実力制第四代名人との確執が原因ではないと思う。やはり後継者潰しにあったのではないだろうか。二上達也九段、加藤一二三九段、共に王将戦では香落ちを大山王将と指して敗れている。升田王将に時の名人であった大山名人が香落ちで敗れるのである。名人に香を引いて勝ったのは升田王将で相手は大山名人である。木村名人に対しては対局拒否を行っている。

 脱線したが、後は藤井竜王名人は何歳下まで倒すのかが課題かな。AIが発達した今の時代は、年下に勝つのは容易ではないと思う。真正面から藤井棋王にぶつかる伊藤匠七段を見ていると、AIのお陰で疑心暗鬼にならずになっているように思う。二上加藤の時代は、大山名人に対する敗戦に寄って自分自身が疑心暗鬼に陥って、棋力が低下してしまったのではなかろうか。勝率が途端に急降下したらしいからな。山田道美九段の成果は共同研究による大山名人の勝負術の暴露であろう。中原誠十六世名人はそれを対大山戦に発揮したのではないかな。人間的な強弱が表に出やすかったのではないだろうか。伊藤匠七段は一度藤井竜王名人に勝つと連勝する可能性があるのではないだろうか。そんな気がしてならない。