昨日の棋王戦は面白い展開だった。藤井棋王の1勝1持将棋で始まった第3局は北陸シリーズの最終戦で新潟対局であった。藤井棋王の先手番で、第1局では伊藤匠七段が意図的な持将棋に持ち込んだので、後手番の敗戦を回避したので0.5勝に値するまで言われたものである。先手勝率の高い藤井棋王の先手番を、負けなかったという事実は論議を呼んだ。逆に考えると、それほど藤井棋王の先手番を破るのが難しいということである。伊藤七段の先手番の第2局を勝っていればなお面白かったであろうが、藤井棋王が気合を入れ直したのか、藤井棋王の完勝であった。

 第3局は藤井棋王の得意の角換わりを堂々と受けて立ったのは、相変わらず伊藤七段の意気や良しである。藤井棋王の急戦を狙った指し手が的確で、午前中で早くも苦戦に立たされた。昼食休憩前に連続の長考で伊藤七段の残り時間は見る見るうちに少なくなった。昼食休憩時で藤井棋王の残り時間3時間41分、伊藤七段は1時間47分であった。44手目の6五歩に52分の長考で、対する藤井棋王は3分で3五歩と突き出した。そこで伊藤七段は長考に沈み、昼食休憩に入った。ところが昼食休憩明けにもすぐには指さず、82分で3八角と打った。残り時間は1時間16分になっていた。藤井棋王とは3時間25分の差がついた。もうこれだけで勝負あったという感じであるが、伊藤匠七段はやはりただ者ではない。ここから互角に持ち込むのである。一時期は逆転かと思わせたが、83手目の2七飛という飛車切りが好手で、逆転を許さなかった。残り時間も藤井棋王33分、伊藤七段24分であった。3時間以上使って、ようやくやや有利になったのである。ただしAIの評価値がそうなっているだけで、体感的には飛車が取られて、角も危ないので互角ではないだろうか。1一香成と、相手の香を取った手が読みの入った手で、次に6四香と打つ手が滅茶苦茶厳しいとのことであった。1九飛と打つ手が角と成香の両取りで厳しそうであったが、「両取り逃げるべからず」で構わずに6四香と打つと先手優勢と言う解説であった。解説は八代弥七段と阿久津主税八段である。伊藤七段は残り時間24分の内19分を使って6三銀と6四香打つという手を消した。昼食休憩明けに1時間16分になっていたのに、ここまで52分しか使わずに、藤井棋王相手に3時間以上使わせて互角に持ち込んだのである。トップの何人かを除けば、ここまでで投了に追い込まれていたであろう。角をただ取りしながら王手をかけて迫っていく順を、普通は考えたであろうが、それは勝てないと読んだのであろう。不利を認める6三銀であった。そこに伊藤七段の強さを感じた。相手が藤井棋王でなかったら、1九飛打ちの筋を選んだかもしれないと思った。藤井棋王なら間違えっこないが、他の棋士ならば間違えることがあるかもしれない。時間も残り少なくなってきたから。などなど都合のいいことを考えたかもしれない。しかしそんな考えは素人考えかな。そんなことを考えるようでは棋力は伸びないのであろう。

 藤井棋王の87手目に8分考えて2一成香と桂を取った。藤井棋王の慎重さがよくわかるシーンだったな。2一の成香を飛車で払われたら、とか4五の桂を銀で食いちぎられたらとか、そのあたりを考えたものと思う。入玉を狙われたらうるさいからな。3一角を先に打ったのも入玉阻止を明らかにしたものであろう。しかし伊藤七段の6二桂の合いも金に紐付けて簡単に寄らないような仕掛けを随所に見せている。1手差の寄せ合いだったら、並の棋士ならば逆転を許してしまうかもしれない。しかし2手差3手差があったので、詰みにはいかなかった。「即詰みより詰めろ」「王手は追う手」とか言ったものである。格言は役に立たないものも多いが、このあたりの格言は有効である。最後は5一銀と、次に寄せに行きますよと言う手であった。詰めろでもなかったと思うが、収拾がつかなくなる手であった。前局はかなり早い投了であったが、今回は結構抵抗した後の投了であった。危ない橋を渡る時と、渡らない時がはっきりしているなと思った。さすがに無駄な王手をかけて棋譜を汚すことはしないなと感じた。

 伊藤匠七段は通算勝率では歴代2位か3位かの好成績である。それなのにタイトル戦勝率が0割とは気の毒であるが、仕方がないことか。しかしあくまでも正攻法で指し続けているので、他の棋士に対しては圧倒している。来年度はまた複数のタイトル挑戦を果たすであろう。まだ終わったわけではないが、タイトル奪取となると3連勝が必要条件である。まだ2連勝も出ていない現在ほぼ今期は絶望的になったであろう。捲土重来を期してほしい。