今更ながら「報道の在り方」について私見を述べたいと思う。

 現在報道機関は莫大な力を持つようになった。外国の軍事クーデターの情報を見聞きすると、初期段階で報道機関を制圧しようとしているようだ。情報統制が目的だと思うが、クーデターの成否はこの情報機関を制圧できるかどうかにかかっているかの印象である。国民がどのような情報を受け取るかで、その後の対応が違ってくるからであろう。ロシア対ウクライナの情報戦も実際の戦闘以上に重要であるようだ。イスラエル対ハマスの情報戦も然りである。昨日アップした「週刊文春」の問題も似たようなところがあるのだろう。立場によって色々な受け取り方がなされるであろう。受け取り側の問題なのか、発信する側の問題なのか。

 ロシア対ウクライナでは圧倒的にウクライナ側が上手く発信したと思う。日本のマスコミはほとんどウクライナ側に立った報道をしていた。ロシア側の報道を流すことは、ロシアに味方することになり、ウクライナ侵攻を認めることになると思ってのことだろう。しばらくはロシア側の情報は意図的に流されなかった。情報量としてはロシア側の情報が多かったと思うが、入手しにくいウクライナ側の情報を、ロシアへの批判を含めて報道していたようだ。ロシアによる武力を用いた解決方法だから、ロシアを非難するのは当然だろう。報道機関として真っ当な在り方だったと思う。問題はその後である。客観的な情報も入り出したと思うが、公平な報道とは言えないような状態が続いた。ゼリンスキー大統領を英雄視するかのような報道がずっと続いた。この辺りから変だなと思うようになった。停戦交渉などとんでもないという雰囲気になった。そのうちウクライナがロシア相手にずっと戦っていけと言うようなことになってしまった。武器供与の話にばかりなって、戦闘をいかに停めるかという話しは出てこなくなった。現場で失われている命をどう考えるのか。停戦して、領土問題や虐殺問題などをいくらでも話し合えばよかったと思うのだが。中東戦争でも占領した地域をイスラエルは何度も返還しているではないか。交渉の結果、どちらにより大きな非があるかあぶりだされると思うのは、戦争を知らないと言われそうかな。どれだけの血が流されれば、停戦交渉に入れるのであろうか。相手が降伏するまで戦争を継続するというならば、ウクライナは焦土と化すことになろう。第二次世界大戦でも、相手側に「無条件降伏」を要求した連合国である。国民党軍側に武器供与をして、日中戦争を長引かせたアメリカである。今回もウクライナ側に武器供与をして、莫大な利益を上げているのではないかな。武器弾薬が無くなれば降伏するしかないのが、通常の戦争である。戦争を継続させたい勢力があるとしか思えない。もっと「武器供与は是か非か」などの論争を巻き起こしてほしい。戦うウクライナの人々が居なくなるまで武器供与を続けるのか。本当にウクライナに味方をするのであれば、ロシアと戦争するしかないだろう。しかし第二次世界大戦と違うのは、ロシアは核保有国である。核戦争の可能性が高まることになる。核戦争を覚悟するのであれば別だが、核戦争絶対反対であれば、ロシアの言い分を聞いて、ウクライナに妥協を迫るしか道はないだろう。停戦もしくは戦争が終結して、ロシア側に経済的に制裁を課していくか、ロシアの内部でクーデターを起こさせるようにしていくか、ともかく停戦が急務だと思う。第二次世界大戦でもイギリスのチャーチル首相、アメリカのルーズベルト大統領は本気で停戦しようと思っていなかった。早く停戦にしていればあんなにも多くの命は失われずに済んだのである。良く言ってもイギリスやアメリカの国益の為、悪く言うならば私利私欲の為であろう。ウクライナやロシアの人々の命を救うためならば、早期停戦しかないだろう。ウクライナもよく戦ったということで、領土保全がある程度保障されると思う。ゼリンスキー大統領は見方によっては、「ウクライナのヒトラー」と言われても仕方がないことをしているような気がする。勝つ見込みのない戦いに国民を引きずり込んだというのは、結構罪は重い。

 イスラエルとハマスの戦いは宗教戦争であるので、私の手に余る。土地が地続きであれば、宗教で妥協しないのであれば、永遠に戦い続けるしかない。殲滅戦である。今イスラエルはガザ地区のハマス勢力の殲滅戦に出ているのであろう。要するに皆殺し作戦である。多神教では異教徒は許容できても、一神教では異端は許容できないという。そこまで宗教に命をかけられるのか半信半疑なのだが、過去に於いてはそのようなことが何度も起きたらしい。互いの神を尊重できないのであろうか。一神教では名前こそ違えど、ユダヤ教の神もキリスト教の神もイスラム教の神も同一と言うではないか。仲良くできないものなのか。

 今回はハマス側が仕掛けたのだから、ウクライナ侵攻に当てはめると、ハマスがロシア側である。イスラエルがウクライナ側である。最終的には勝者側の言い分ばかりになるのに、どうして報道機関は弱者側敗者側に加担するようなポーズを取るのであろう。所詮は他人事という訳か。面白ければよいというのか。さすがに今は反社勢力に加担しなくなったが、以前は反社勢力や過激派などに味方するようなスタンスを取っていた。風見鶏が報道機関の姿勢なのか。各報道機関は報道姿勢の違いを明らかにすべきであろう。小銭をかき集めようとするSNSに巣食う輩と同じでは情けないではないか。