私のせいだと思っていたが
「摂食障害は治せる」というブログをみつけました。これまで、あらゆることをしてきたつもりでしたが、うまくいかないことが多くて、半ばあきらめかけていたときでした。つらいけど、私の人生の一部として摂食障害とつきあわなければならない覚悟でも持たなきゃとも考えていたので、そんなことは可能なのかと率直に驚きました。
娘の摂食障害について、私のせいばかりだと思っていた自分と、私ばかりのせいにされてもどうしていいかわからないなぁと思う自分との二面性を持ち合わせていました。「摂食障害、母親のせい」ともう何度検索したかわかりません。
「毒親」という言葉を深く知ろうとしたのもこの頃でした。私の親はもしかすると毒親なのかもしれない…。そして毒親の子ども(←私)は、自分の子どもにも少なからず影響を及ぼすこともあるのか。私も毒親なのかもしれない…。だとしたら、この負の連鎖は断ち切らねば。
私は高校卒業して下宿を始めた頃から、親元を離れて20年あまり。自分の母親と友だち感覚でたくさんしゃべっていたことが長くありました。が、今思えば、その内容はあまり建設的ではない愚痴だらけなことも。母からほめられるときは母にとっての成果があるなどの条件つきでした。
夫にもこれはおかしいんじゃないかと指摘されたこともありましたが、自分の行動によって、母のガス抜きの役割を担っていると本気で思っていたこともあり、疑問に思ったことはなかったのです。また、母から認められることは他人からも(高く)評価されているのかもしれないと思っていた時期もありました。
かくいう夫自身も、長年親の夢を背負わされてきたことも否めず、ずいぶんと苦しんできたことも知っています。
ここに違和感をおぼえた私たちは、年末年始の帰省がなかったことはまちがってなかったのかもと思いました。
まずはここからどうにかしよう。