ちょっと想像してみてください。
あなたは同僚と一緒にある仕事をして、ほぼ同じくらいの努力をして、ちゃんと成果も出した。
振り返るとき、控えめなあなたはきっとこう思うでしょう。「たいしたことじゃない、ただやり遂げただけだ」って。
でも同僚はこう言います。「この仕事をやり遂げられてよかった、自分って意外とやれるな」って。
少し時間が経って、過去のことを思い返すと、あなたには特別な思い出があったわけでもなく、日々は自然に流れたように感じられるかもしれません。
でも同僚は、自分がやってきたことを楽しそうに話して、遠慮なく自分の役割を強調します。
たとえあなたには少し大げさに聞こえても、彼はそれを自然に話しているんです。
あなたは成功した実感をあまり持てず、どこか虚しい気持ちになることもあるでしょう。
自分の価値がわからなくなったり、無力感を抱いたりして、「自分には決める力がないんじゃないか」と思うことも。
一方で同僚はどんどん自信をつけ、「自分はまだ才能を発揮できていないだけ」と思って、堂々と振る舞います。
周りの人もだんだん影響されて、「ああ、彼って本当にすごい人なんだ」と信じてしまう。
あなたは少しずつ受け身になり、後ろに下がるのが当たり前になり、人ごみに紛れてしまうかもしれません。
ここまででも十分切ない話ですが、もっと残念な事実があります。
もし上から二人を俯瞰できる目があれば、実際には二人の成果はほとんど変わらなかったことに気づくでしょう。
あなたの頑張りが少なかったわけでもなく、彼の成果が特別に優れていたわけでもない。
ただ、二人の考え方や言葉の使い方の違いが、少しずつ差を生んだんです。
予言には自己成就の性質があります。その根っこにあるのは言葉です。言葉には、自分の人生を形作る力があります。
もしあなたが自分に価値を感じられず、無力感を抱くことが多いなら、
まずは自分がやり遂げた小さなことに意識を向けてみてください。
想像してみましょう──あなたの中に二人の自分がいると。一人は導く存在、もう一人は歩く存在。
導く自分の目で、前に進む自分をそっと見守り、少しずつ励ましてあげましょう。
優しい言葉で、前向きに自分と対話してみてください。