『存在と時間』を読んでいる。
疲れる。でも、心に残る一文というのがあるので、やはり読んでいて良いのだろう。
◾︎引用
現存在にとっての自分の過去は、また常に、自分の「世代」の過去でもあるが、この過去は、現存在の後ろから追いかけてくるのではなく、いつであれすでに現存在に先んじている。
◾︎引用終了
現存在とは、存在に対する問いを問う行為から、存在というものに対して一定の共通理解を持った存在としての言葉である。つまり、あってるかどうかは別として、私はこの一文をこう解釈する。
自分が確実に存在するのであれば、過去も必ず自分は存在したのである。ここに、時間軸の考え方が加わると、未来への展開も可能となる。未来において、存在するのであれば、私は今、存在する。存在を理解することが、歴史の理解へと繋がる。
私にの現存在が私の歴史を担保してくれるのだ。そして、現存在は未来の歴史になるのだ。だから、今日を善く生きるのだ。
疲れる。でも、心に残る一文というのがあるので、やはり読んでいて良いのだろう。
◾︎引用
現存在にとっての自分の過去は、また常に、自分の「世代」の過去でもあるが、この過去は、現存在の後ろから追いかけてくるのではなく、いつであれすでに現存在に先んじている。
◾︎引用終了
現存在とは、存在に対する問いを問う行為から、存在というものに対して一定の共通理解を持った存在としての言葉である。つまり、あってるかどうかは別として、私はこの一文をこう解釈する。
自分が確実に存在するのであれば、過去も必ず自分は存在したのである。ここに、時間軸の考え方が加わると、未来への展開も可能となる。未来において、存在するのであれば、私は今、存在する。存在を理解することが、歴史の理解へと繋がる。
私にの現存在が私の歴史を担保してくれるのだ。そして、現存在は未来の歴史になるのだ。だから、今日を善く生きるのだ。