今まで大きな病気をしたことがなく、鬱滞などもほとんどなかった梅吉だったので、私の衝撃は大きかった。
漠然と可愛いおじぃになったなぁと思っていた梅吉が実際に色々な事が起こりうる高齢兎なのだという現実をつきつけられた瞬間だった。
発症当時は危篤な状態にまでなり、歳をとったという実感よりも一気に死を意識するところまで行った。
だが、弱気なワタシを尻目に梅吉は驚異的回復力を発揮する。
この時梅吉のすごさを知った。
令和2年11月15日に梅吉は10歳になる。
ワタシは梅吉とココを目標に頑張ろうねと約束する。(一方的に。笑笑)
それに応えるように梅吉は血液検査の数値を改善し、腫瘍も小さくして、薬の量をどんどん減らしていくことに成功していた。
だが、病魔はいつやって来るかわからないものである。
腸閉塞による急性胃拡張。
栗男もこれである日突然あっけなく旅立った。
フラッシュバックするあの時の栗男の姿。
だが、あの時と違うのは動物病院の質である。
ずっと、心臓の病気でお世話になっている先生と看護士さんたち。
信頼できるこの病院でならなんとかなるのではないかという期待と、この病気の難しさをちょっとでも知っている不安とがごちゃまぜの状態で診ていただく。
結果は良くないものであった。
とりあえず内科的処置(点滴と薬)をし、それでもダメなら手術。
それ以外に助かる道はない。
悩んだ。すごい悩んだ。
手術となった時に、成功確率は元気な子で半々でしょう。高齢だとまぁそれよりは悪くなります。
当然だな。うん。
すごく自分の心がブレまくった。
心臓の病気の時に、治療方針として、
延命的なことはしない。
梅吉が苦しいと思うようなことは排除してあげたい。
と決めていた。
それなのに、迷った。
いざとなると、エゴな自分がむくむくと膨らんでくる。
先生は、高齢だから無理とは言ってないじゃん。
可能性があるなら、梅吉の生きる力を信じてみては?
と。
オットに意見を求めると、梅吉が苦しまないことが一番だな。と。
ほんと、それ。
うっかりスルーするところだった。
梅吉どの、レントゲンで胃が倍に膨れ、内容物は胃酸で溶け、悪玉菌が繁殖することで胃の中のガスも大きくなっていた。
体積でいうと4倍に膨れ上がっているとのこと。
パンパンに膨らんだゴムボールのようである。
その状態だと、胃が血管を圧迫し、血流が阻害され、心臓は小さくなり、他の臓器にも過大な負担がかかっている。
手術で詰まりが取れた瞬間に弱っている臓器に血流がドドッと押し寄せてくるので、耐えられなくなる臓器が出るのは想像に難くない。
そんな状態が苦しくないハズがない。
実際に手術は成功しても、その予後でショックで亡くなる子も多いとのこと。
それでも、手術を選ぶのは意に反している。
分かってる。だけど。
の繰り返し。
姉が「自分が梅吉の気持ちになってみたら?」と言ってくれた一言で即決まる。
それは家に帰りたい。何もしなくていい。家で静かに過ごしたい。だった。
でも、その判断本当にそれでいいの?の裏付けを探すように考え続けてはいたのだけれど。
痛み止めの効果は8時間。
それだけは切れて欲しくなかった。
なので、点滴に通うことは梅吉の意に反しているかもしれないが頑張ってもらった。
ただ、シッコもうんちも何一つ出ない状態。
点滴の水分は吸収された後にシッコとして外に出るはずが、出ない。
腎臓も尿道も圧迫されて滞っているのだろう。
つまり、梅吉は胃がパンパンなうえにシッコも溜まって身体がむくれている。
それにも疑問を感じる。それでいいのか。鎮痛剤が入っているとはいえ思うように動かせない身体。それが不快な訳はない。
でも、梅吉は先生が驚くほど耐えて頑張った。
無理だと思った時間も超えて頑張った。
それはワタシが心の整理をつけるのを待つかのように頑張ってくれていたのだ。
栗男と比較するのは栗に申し訳ないが、耐える強さが段違いだった。
そして、亡くなる3時間前、力を振り絞ってうんちをしたのだ。
そのうんちをみて、絶叫した。
オットを呼んで2人ですごい!うめシすごい!!って叫んだ。
もしかしたら詰まりが流れ始めたのかも知れない!とパァと心が明るくなった。
でも、冷静に考えたらそんな事はなく、もう出ないながらも残ったうんちを懸命に出してくれたのだ。
ワタシが喜ぶと思って。
梅吉なりのワタシへの想いだったと思う。
これは宝物だ。
勇者だね、梅吉どの。
ごめん、もう頑張らなくていいよ。を言えたのが遅かったとは思う。
けど、おかげでワタシは後悔なくありがとうの気持ち100%で梅吉を見送ることができた。
親孝行息子だったよ、梅吉どの。
梅吉は結婚して2年目にお迎えした子。
結婚と同時に県外に引っ越しをした不安や、不妊治療中のやるせない気持ちや、オットの仕事があまりにも忙しくてほぼ一人暮らし状態だった頃の心を埋めてくれたのが梅吉だった。
だから、梅吉はちょっと特別だった。
居て当たり前の存在を失うのはしんどすぎるが、いつかはやってくるお別れを納得した形でできたのは周りの皆さんと何より梅吉の想いだったと思う。
ありがとう。
うちの子になってくれて本当にありがとう。
あなたは最期まで本当に立派だったよ。
大好きだよ。