授業を抜け出したのなんて、今日が初めてだった。
なんとなくそんな気分になって、ただその時に近くにいたからってだけで、手塚を誘ってみた。ただそれだけだったんだけど、しかも絶対に断られると思っていたんだけど、手塚から帰ってきた答えは予想と正反対だった。だから、自分で誘っておいて、どうしたらいいのか分からなくて、困った。
「・・・・・・・・い、いいの?」
「いいも何も、言い出したのはお前だろう」
「いや、そうだけどさ」
「今のうちに隠れないとすぐバレる。行くぞ」
「ど、どこに?」
私の問いかけには答えずに、手塚はさっさと歩き始める。開いた口が塞がらない、って言うのはこういうことを言うのかもしれない。思わずじっと、手塚の後ろ姿を眺めてしまった。手塚はしばらくして振り向いて「どうした」と言う。
ちょうど鳴り始めたチャイムの音に紛れるように、私は走って追いかけた。




いつまでも、きみのこと



そして、たどり着いたのは誰もいない図書室だった。司書のお姉さんもいなくて、そこはいつも以上に静かで、歩く音がペタペタと響く。
「なんかちょっと恐いね」
「そうか」
「恐くないの?誰もいない図書館」
話す声だって、抑える必要はないのに、思わず小声になる。手塚は慣れた様子で奥の方まで進んで、難しそうな本を持って戻ってきた。私はと言うと「図書委員オススメ」と書いてある、本屋さんでもよく見る軽い感じの表紙を、なんとなく眺めているばかりだった。
「・・・・・・え、勉強すんの?」
「勉強じゃない。読書だ」
「いや、なんかその本たいして変わんないじゃん」
もう、話す声に遠慮はない。手塚は椅子に座って、静かに読み始めた。
「・・・・・・・・・・・人選を間違えたな」
「何か言ったか?」
「なんで聞いてんの。本読んでてよ」
「聞こえただけだ」
「聞こえないで」
「無理だ」
本から少しも視線を外さずに言うので、思わず笑ってしまった。するとちらりと手塚はこっちを見て、またすぐに本へと視線を戻す。私はとりあえず一冊、うすっぺらい本を持って手塚の隣りに座った。集中力なんて続く訳なくて、思ったとおり、5分くらいで飽きてしまう。
時計の音がチクタクとやけに大きく聞こえて、ふと隣りを見ると、手塚は相変わらず真面目そうな顔で文字を追い続けているようだった。
「・・・・・ね、手塚」
「・・・・・・・・・・・なんだ」
「どうして、今日、授業サボる気になったの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「手塚もなんとなく?なんとなく、そう思った?」
「・・・・・・・・そうかもしれないな」
手塚が顔を挙げて、息を吐きながら本を閉じる。よく見てみると、あまりページは進んでいないようだった。
「ね、手塚」
「なんだ」
「ありがとう。つきあってくれて」
「・・・・・謝るところじゃないのか?」
「え、じゃあごめん」
「謝られても、選んだのは俺だからな」
「どっち!」
手塚の耳が、少し赤い。冗談のつもりだったらしい。恥ずかしくなるくらいなら言わなければ良かったのに、珍しく照れるその顔は少しだけ、かわいく思えた。
時計の音ばっかりがする図書室の中で、私達はまた、小さく声を殺して笑った。手塚が笑うなんて珍しいな、と思ったけれど、言ってしまったらまたいつもの顔に戻りそうだったので止めた。
「・・・・・・寝ててもいい?」
「・・・・あぁ」
「裏切ったりしないでね」
「分かってる」
本を枕に目を閉じると、時計の音と、手塚がページをめくる音が聞こえている。なんとなく、サボりたくなったのは本当だった。だけど、手塚を誘ったのはただ近くにいたから、だけじゃない。
いつも、気がついたら一番近くにいるから、こんな時だって近くにいて欲しかっただけだった。
「・・・・手塚」
「なんだ、眠っていたんじゃなかったのか」
「・・・・・・・・うん、おやすみ」
「・・・・・・あぁ」
「・・・・・・手塚、ひとりで、帰らないで、ね」
「あぁ、分かった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・いつまでも、お前の隣りにいるさ」
だんだん遠くなる意識の中で、手塚の声が聞こえた気がした。けれど、その頃にはもう夢なのか現実なのか境目が分からなくなっていて、だからその声が夢なのかどうかなんて、少しも分からなかった。








いつもまでも、君の事、見守っているよ。今が思い出になっても。
2008/10/7

『今が思い出になっても』の一部を切り取りました。歌っているのは氷室っちです。