ポリアモリーとして発信していると、「ビッチ」「ヤリマン」「セックス依存症」などと言われることがあります。

「誰とでもセックスしまくってるんだろう」「いろんな人とセックスするのが止められないんだろう」といったバッシングです。

(ちなみにセックス依存症とは、性的な行動に対する嗜癖であり、精神疾患の一種です。ギャンブル依存や買い物依存などと同じく「行動への依存」に分類されます。詳しくはマンガ『セックス依存症になりました。』をぜひ読んでみてくださいね。)

これって結局のところ、実際のセックス事情を知らないから、想像をたくましくしてしまうんだと思うのです。

そういうわけで今回は、私が関わったことのある”セックスに関する活動”について、紹介したいと思います。
 

その名も、「メンヘラビッチバー」。

「メンヘラビッチが楽しく働く」というコンセプトのバーイベントです。

皆で楽しく性と愛について語り合います。

主催は自称メンヘラビッチな友人の美里さん・麻衣さんですが、毎回他にもさまざまなビッチがゲストとして登壇し、自分の性や愛にまつわる生きづらさについて発表しています。

そんなメンヘラビッチバーで、私は「ポリアモリーでビッチだけど質問ある?」というタイトルでプレゼンをおこないました。

内容は、ざっくり私の半生をセックスと恋愛の観点から語るというものです。

私は、いわゆる“大学デビュー”で初めて恋人ができました。

しかし1ヶ月後、気付いたら三股に。

「うわっ…私の貞操観念、なさすぎ…?」と、複数の人を同時に好きになってしまう自分に悩みました。

私は、この発表で自分を「noblesse obligeコンプレックス」と名付けました。

「恵まれてハイスペックに生まれたエリートなんだから、そのぶん社会の役に立ちなさい」と言われて育った当時の自分は、「自分の能力や肉体、なかでも自分のセックスと金と愛は社会に捧げるべき公共財である」と考えていたのです。

いま思えば、歪んだヒロイズムというか、メサイアコンプレックスというやつだったのかもしれません。
 

エリート意識をこじらせた結果、私はいわゆる“だめんず・うぉ~か~”になりました。

自分より強い男、頭の良い男に憧れつつも、子宮が反応してしまう相手は弱い男、バカな男、貧しい男。

「この人は私にしか救ってあげられない…」と思いこみ、売られたセックスは必ず買う。

どんなキモチワルイ人からの誘いも断らない。

結果、誰からも相手にされない性的弱者の“セックスのセーフティーネット”になっていたのです。

「私はセックスで社会貢献している! セックスで世界を救いたい!」と、自分のやっていることに誇りをもっているつもりだけれど、やっぱり何かがおかしい、何かがしんどい、と感じていました。

そんな頃にインターネットで出会ったのが「ポリアモリー」という概念でした。

「コレだ!!」と雷に打たれたような衝撃を受けたものの、「でも、こんなの許されるはずない…」と、その時はポリアモリーへの憧れを心の奥底に抑えこんでしまったのです。

それからも私は、途切れない恋人、止まらない浮気、消えない罪悪感に悩みました。

「法律で自分を縛れば、きっとまともに人生のレールの上を進める…!」と思いつめてした結婚も、あえなく失敗、離婚。

「終わった、レールから外れてしまった…」

「仕事以外のことは何もできない人間なのに、これからどうやって生きていけば…」

と、人生に絶望しました。

しかし一周回って突き抜けたのか、あるとき

「これ以上自分を隠そうとしたり治そうとしたり、自己否定していたら死ぬしかなくなる。もう、『ポリアモリー』として生きよう。このことを誰からも受け入れられなくて、最期に孤独死したとしても、一度きりの人生、自分に正直に生きたい」

と思い立ち、ポリアモリーとして生きることを決めたのです。

その後、周囲にもポリアモリーを公表し、「ポリーラウンジ」幹事会への参加など様々な活動を始め、今では恋人たちと幸せに過ごせるようになりました。

20代の頃の私を振り返ってみると、ポリアモリーとか何とか以前に、低い自己肯定感を高いプライドやスペックで無理やり埋め合わせようとしていたんだなぁ、と感じます。

メサイアコンプレックスをこじらせ、「私が救ってあげる!」とダメ男を拾って甘やかすものの、図に乗るダメ男にムカついて結局みずから叩き潰す、という独り相撲ループ。

人を救うセックスのつもりが、支配欲に任せて人を喰うセックスになっていました。

「だめんず・うぉ~か~でメサコンなのにポリアモリーって、最悪のコンボじゃん! 絶対、男に殴り殺されるか、女に刺し殺される!」と悩んでいたこともありました。

(「ポリアモリーならどこに出しても恥ずかしくないような立派な人と素敵な恋愛をしていなければならない」というのも、それはそれで“ねばならなさの呪い”だったと今では思うのですが…)

ちなみに、今のセックスの相手はパートナー達ではありません。

恋人たちとはハグなど日常的なスキンシップはあるものの、いわゆる「穏やかなセックスレス」の状態。

しかし、私たち3人の誰かがこのようなセックスライフに不満をもっている、ということはありません。

このようにメンヘラビッチバーは、自分のセックス経歴やセックス観を発表して振り返り、安心・安全な状況で語り合うことで、生きづらさを感じていた当事者たちが癒やされる場でした。

ポリアモリー全員が「ビッチ」「ヤリチン」というわけではありませんが、少なくとも私個人はポリアモリーかどうかとは関係なくセックスが好きだし、これからもセックスを楽しんで生きていきたいと思っています。

私にとってはセックスって、剣道や柔道のように、一生かけても極められるかどうか分からない奥深い道。

生涯の求道者でありたいものです。

80歳になった自分がどんなセックスを楽しんでいるのか、想像するとわくわくします(きっと、今とはまったく違うセックスをしているのではないでしょうか)。

そのためにも、セックスが好きな人が誰でも安心・安全にセックスを楽しむことができる世界にしたい。

だから皆がセックスについて楽しく真面目に語り合える場をつくって、性病予防や避妊などの性教育や、sexual consentという概念を広めていければと思っています。