よく、こんな愚痴とも悩み相談ともつかない言葉を、時には真剣に、時には冗談交じりに投げかけられることがあります。

「出会いがないんです」

「どうすれば恋人ができますか?」

「きのコさんはどういう場所で出会ってきたんですか?」

(正直、私が今まさに片想いをしている当の相手から先日こう言われた時は、フラグを立てられてるんだか折られてるんだか分からなくて呆然としたのですが……)

というわけで今回は、「出会い方」について考えてみましょう。

そういえば私っていつどんな時でも誰かしらに恋しているなー、と自分でも思います。

そんな話をすると必ずと言っていいほど「羨ましい!出会いが多いんですね!」というコメントから、冒頭の「私なんて、ぜんぜん出会いがなくて……」という話につながるのですが……でも「出会いがない」って、どういうことなのでしょう。

もしかして、街角で食パンをくわえた転校生とぶつかるのを、あるいは空から飛行石をもった女の子が降ってくるのを、みんな待っているのでしょうか?

私自身は、自分がいつも恋をしているのは、単に「出会いの数を増やしている」かつ「他人を『素敵だな』と思うハードルが低い」からだと思っています。

待っているだけで「出会い」がわんさか降って湧いてくる、なんてことはまずありません。

一度きりの短い人生、出会いがほしいなら、待っているより探しに行く(出会いの数を増やす)方が楽しいのではないでしょうか。

特に私はこらえ性がなくて、受け身で待っていることにすぐ退屈してしまう人間なもので、どうにもすぐに自分から宝探しの冒険に飛び出してしまうタイプなのです。
 

ちなみに、私の「出会い方」は、そのほとんどがインターネットをきっかけとしたものです。

ポリアモリーやLGBTの話題、趣味にしているサバイバルゲームやボルダリングの話題など、自分が興味をもっているコンテンツについて、同じ嗜好の人が集まるコミュニティをSNSで見つけて参加します。

そしてオフ会など、そのコミュニティの中の人と実際に対面で会える場に出かけていくのです。

SNSがこれだけ当たり前に使われている今では、もはや珍しくもなんともない方法ではありますし、現代ではインターネットを使えば見つからない相手はいない、と言っても過言ではありません。

また、地域コミュニティサービス「ミートアップ」も利用しています。

ミートアップにはたとえば「Tokyo Polyamory & Open Relationships Social Group」というグループがあり、月に1回くらいの頻度で、ディスカッショングループミーティングをおこなっています。

20人くらいが貸切のレンタルカフェでお茶やお菓子をつまみながら、自由な議論を交わすイベントです。

それで「あ、なんかこの人と関わり合いになると、面白いもんが見れそう」と思えば、それがもう私の「出会い」。

ものすごくハードル低くとりあえずご飯に誘います。

ちなみに、初めてサシで会う時は「月曜から木曜までの平日ディナー、2軒目はなし」のシチュエーションを設定することが多いです。

お互いのことをまだよく知らないのに長時間を2人きりで過ごすと、緊張して疲れたり話題が尽きて空気が冷めたりすることもあるものですが、一般的なカレンダー通りの勤務であれば「明日も仕事だし……」ということで2、3時間でサクッと切り上げることができるという考え。

もちろん、シフト勤務の人も「明日は仕事」という日を設定すればいいというわけです。
 

ところで「出会い」の場といえば「合コン」を思い浮かべる人も多いと思うのですが、残念ながら私自身は、合コンで出会った人と恋人同士になった経験はありません。

「恋愛が生まれることを前提として(少なくとも期待して)初対面の人と接する」というシチュエーションを、どうにも張り合いがないものに感じてしまうせいでしょうか。

それよりも、偶然の出会いの中にふと訪れる「あ、この人、なんかイイかも」という瞬間がすごく好きなのです。

「他人を『素敵だな』と思うハードルが低い」というのは、こういう意味です(まぁ、カッコよく言っていますが、要はものすごく惚れっぽい奴ということです)。

他人を「素敵だな」と思う瞬間が好きで、その瞬間をたくさん味わいたいと思っているので、自然と他人の素敵なところに対するアンテナが鋭くなっているような気がします。

その「なんかイイ」が友情か、恋愛感情か、性欲かは分からないし、そもそも分けなくてもいい。

「この人、なんかイイ」を、焦って「この人と『恋人』になって『恋愛』をする」という一つのかたちに落とし込むのではなく「私はこの人とどんな関係性をつくれたらハッピーかなぁ?」ということをじっくり考えていく時間が私にとっての「出会い」の醍醐味なのです。

そうやって小さな「なんかイイ」をいくつも見つけてゆっくり育てるのが、私の途切れない「出会い」のタネなのかも、と思ったりしています。