木喰行は過酷な行ですが、
それを生涯九十三才で示寂するまで貫き通した僧が居た。
木喰明満上人
僧侶・彫刻家・歌人
1718~1810
今の山梨県身延のうまれ。
古儀真言宗の僧で常陸國羅漢寺観海上人より木喰戒を授かり
相州伊勢原から出立し日本廻國を布教して歩く。
北海道から九州まで全国に仏像を遺しております。
八十才で千体躰仏の彫刻を発意し、九十一才で二千躰仏の彫刻の
大願いを興す。 文化七年六月五日九十三歳寂
明満上人はですね、丁度普寛行者と同時代なんですね。
明満上人がたしか十二歳くら年上だったでしょうか。
普寛様を胎蔵行木喰とすれば上人様は金剛行木喰と言えましょう。
加持祈祷をしながら仏像の制作を行っていたらしいのですが
八十歳で千躰仏を発願しておりますからそのエネルギーは凄まじいものだと思います。
今の令和八年で歳を換算いたしますと約百歳ちょっと。
かんがえられますか!
私ども六十歳すぎて、やれ肩が痛いの、腰が痛いの体がだるいのと
言っていられなくなりますね。
さらに頭がさがるのは常陸の國の師の墓前に木喰戒を貫いた報告を
しているんですね。
で、常陸の國が終焉だと思います。
上人の仏像は独特な「笑み」が最大の魅力でしょう。
尊い功徳の上に我々が生かされていることを実感いたしますね。
【明満上人御歌】
木喰もしを(塩)みそ(味噌)なしにくうかい(空海)のあじ
あじ(阿字)の一字の修行なりけり
木喰も道に迷う腹はへる
こよいはここに空(から)の断食
素晴らしいですね!