最近のきなこ。自分の手を見てる。
「これはなんだ?自分の意志で動かせるのか?」という感じ。
自分の目に映る不思議な物体。
動いているんだけど、なんだか自分の思い通りに動く気がする。
うーーー、むーーーー、あ、うごいた。 って感じで自分の手を操縦する。
今では私の手はキーボードを見なくてもタイピングできるような手になったけれど、
きなこにとっては、まだ手が手だとも認識されていないんだろうな。
手の次は何を発見するんだろね。楽しみだ。
以下参照
http://www.ikushisya.com/hattatsu.html
赤ちゃんには、新生時期から生後4~5ヶ月ころまで、原始反射と呼ばれる不随意運動が見られます。
赤ちゃんの世界は、まず自分の腕の長さまでの世界へ広がっていきます。
将来、目で見ながら手で作業するために、まず自分の手を発見し、それを動かすことによって外界へどう働きかけることができるかを学ぶのです。
しかし、非対称性緊張性頸反射は生後6ヶ月以降残存している必要はありません。赤ちゃんは、自分の身体を徐々に自分の意思で動かし、それによって外界に働きかけていく必要があるからです。それには、あらゆる方向の遠方の世界も認知できなくてはなりません。反射的な反応ではなく、自分の意思によって、自分の手がある方向とは別の方向にも、頭や目を向ける必要があります。身体の部分は、必要に応じて独立して動かせることが重要になります。
こうして自発的に筋肉と関節を使う身体感覚が、赤ちゃんの脳に伝えられ、徐々に利き手、利き足などが決まります。こうした原始反射がいつまでも残存していると、円滑な眼球運動だけで見たい方向の対象を見られません。いちいち頭や手足など、全身の不随意な動きを伴わなければ、振り向けないといった非効率的なことが起きます。子どもの発達において、視覚をはじめとする知覚と身体運動の感覚が、うまく統合していない場合、こうした反射がいつまでも現れることがあります。
また、身体の発達において、目と頭を支える頸は、赤ちゃんが人生の初期のうちから自分でコントロールできる体の重要な部分です。頭が安定していないと、見ようとする対象も視野の中で安定しません。視覚から取り入れた世界のイメージも不安定になり、その空間は安心できるものではなくなってしまいます。
人が体全体で活動するとき、視覚情報を駆使して状況を認識することで、適切で安全な運動や行動が可能になります。この身体の活動には、主に手先の作業をするような微細運動と、体全体と動かす粗大運動との二つがあり、どちらの運動も、視覚による認知能力の影響が欠かせません。
手足が長い肌着のことをグレコと呼ぶらしい。なぜだろう。グレコ。
マーブルという子供服ブランドのグレコが一番かわいかったのできなこに買った。
これ、かわいいでしょ。
この前の取材で「ファブリックが好きですね。」って言われた。
確かに服とか、クッションカバーとか生地や模様で決めている。
その根源はおじいちゃんの表装。日本の模様を掛け合わせてつくる掛け軸の世界なんだな。
私がおじいちゃんに受けた影響は、きなこに伝わるのだろうか。
きなこは、私の仕事をどう捉えるんだろう。
もう年末です。
今年一年、楽しかったなあ。きなこと迎えるはじめての年越。
お食い初めをお正月にしようと思います。
はやくきなこもちを一緒に食べたいな。
小包が小学校の幼馴染から届いた。マリメッコの箱が入ってた。
出産祝い、嬉しかったから私が喜んでいるときなこも笑ってた。
子供服って、やっぱり派手でかわいいほうが好き。
陽気でハッピーな色と模様が赤ちゃんには似合う。
どうして大人になると白黒無地を好むのでしょうね。
それは、「フォーマル」というものが「白と黒で無地」だからなんでしょうね。
フォーマルを赤と青と黄色にすると面白いだろうね。派手な柄が入っているほど良いっていう観念も面白い。
あ、でもアフリカの民族衣装はそれに近いか。










