「光る君へ」の「バカ言ってんじゃないよ」な話 | こっちのkinocoのブログ

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思いついたことを
ぼちぼちと・・・

「光る君へ」第10回のタイトルは「月夜の陰謀」だったわけですが

これって「寛和の変」の事ではなく、「道長の密会」の事じゃないの・・・て内容でしたね。

こういう展開を望む視聴者様が多いってことなんでしょうか・・・(~_~;)

でも、まひろはしっかりしていて、私はまるで
「バカ言ってんじゃないよ!アンタ、大河ドラマの準主役でしょ?!」
と言ってるようにも聞こえましたが(^0^;)

ま、霊によって・・・あ・・・誤変換が出たところで言ってしまいますが(^_^;)
この場面、前回の「遠くの国」で直秀の霊が道長に取り憑いて、まひろを「遠くの国」へ誘ってるとしたら面白くないですかね?
そんなストーリー、誰も望まないか・・・(^_^;A

では、霊によってでなく、例によって、少し気になったコトを(^^ゞ

ドラマの「寛和の変」は、慈円の「愚管抄」の内容がベースとなってるようで、予想どおりの右大臣家総動員体制。

道長は失敗した時を考えて連絡役に回されたとなってましたが、道綱も万が一の時は、道隆に罪を負わせないように駆り出されたような描かれ方でした。

道綱がわかってたかどうかは・・・アヤシゲでしたが(^_^;)

で、「寛和の変」自体は、あらすじみたいな大雑把な内容で進んで行きましたが、ドラマで移動のために使われたのが牛車

これはどこかに記述が残ってるんでしょうかね?

内裏から山科の元慶寺に至るルートはわかってないと思いますが、有力なのは最短距離の旧東海道・日ノ岡越のコースと予想されます。

まず晴明邸のある土御門大路(現・上長者町通り)を東へ進んだのは間違いない。

その後は東京極大路(現・寺町通り)を南に下がって、どこかで鴨川を渡るわけですが、この時代で記録にある橋は九条坊門小路(現・東寺道)辺りの辛橋(韓橋)しかない。
でも、そこまで行くのは遠回り過ぎなので、三条あたりに牛車の渡れる仮橋があったんでしょうか?
鴨川を渡った後には、日ノ岡で東山を越えるわけで、ここも牛車が通れたかどうか・・・
となると、鴨川堤で馬に乗り換えたのかもしれませんね。

ちなみに、内裏から元慶寺までは8~9キロあり、途中で馬を使ったとしても走らせないでしょうから、所要2時間以上はかかったのではないかと。
他の時間も考えると、丑の刻から寅の刻までの制限時間4時間でコトを済ますのはギリギリの線みたいですね。

「寛和の変」では、元慶寺の僧(たぶん厳久)が深く関与していたというのが定説だと思いますが

ドラマでは、道兼が悪役を一手に引き受けてるからか、まひろと道長のラブシーンに時間を取られたからか、軽くスルーされていて、もう登場する事もないのかな(~_~;)

ひとまず、この方も一時退場でしょうが・・・

必ずまた登場するはず(?)なので、楽しみにしておきましょうかね(^^ゞ