山桜の下の秘密

山桜が淡いピンクの花を咲かせる頃、夫は義父の所有する山へ、不法投棄されたゴミの片付けに向かった。冷蔵庫やテレビ、そして朽ちかけた金庫。夫は好奇心に駆られ、錆びついた金庫をこじ開けた。中には、夥しい数のハンコが眠っていた。

「これは怪しいぞ」

夫はそう呟き、ハンコを自宅に持ち帰った。

ある晩、月明かりに照らされた裏山を、一人の男が彷徨っていた。散歩中の夫は男に声をかけた。

「ここは私有地ですよ」

男はハッとした表情で、

「ここに金庫はありませんでしたか?」

と尋ねた。夫は、

「処分しましたよ」

と答えると、男は顔色を変え、

「中身は?」

と食い下がった。夫は、

「ハンコならありますよ」

と言って、義父の家へ男を案内し、ハンコを手渡した。男は安堵の表情を浮かべ、礼を言って去っていった。

あのハンコは一体何だったのだろう。土地の権利書に関わるものだったのか、それとも、もっと別の秘密が隠されていたのか。山桜の花びらが舞う中、夫と私は、あの夜の男の正体と、ハンコの謎について思いを巡らせた。

山桜は今年も美しい花を咲かせるだろう。しかし、あの日見た月明かりと、男の焦燥に満ちた表情は、私たちの記憶に深く刻まれている。


野原サクラ