桜の咲く頃に、鉛の船が打ち上げられる

桜前線が北上する頃、千葉の海岸には奇妙な漂流物が打ち上げられるようになった。それは、中国、アメリカ、ロシアなど、各国の軍艦や潜水艦だった。乗組員の姿はなく、無人の船がまるで幽霊のように波間に揺れていた。

当初、政府はこれらの船を調査し、回収を試みた。しかし、船内は無人であるばかりか、核物質を含むはずの原子炉は全て鉛に変わっていたのだ。一体なぜ、核物質が鉛に変化したのか?科学者たちは首を傾げたが、答えは見つからなかった。

不可解な現象ではあったが、政府はこれらの船を有効活用することにした。食料や衣料品は国内外に寄付され、ミサイルは小型衛星の打ち上げに再利用された。船体は、大型船はホテルや宿泊施設に、空母は客室に改装され、大阪万博では外国からの客を泊めるために大阪湾に浮かべられた。

鉛の船の謎は解けぬままだったが、人々は次第にその存在に慣れていった。桜の季節になると、鉛の船が打ち上げられることは、もはや風物詩のようなものだった。

ある日、私は千葉の海岸を散歩していた。満開の桜の下、打ち上げられた鉛の船が静かに佇んでいた。その姿は、まるで遠い異国から来た使者のようだった。私は桜の花びらを拾い、鉛の船にそっと置いた。

「遠い国から来たあなたも、この美しい桜を見て、少しでも安らぎを感じてくれたら…」

私はそう願いながら、鉛の船を見つめた。鉛の船は、これからも桜の季節になると、この海岸に打ち上げられるのだろう。その謎が解ける日は来るのだろうか?

私は桜の花びらが舞う中、鉛の船に別れを告げた。


野原サクラ