このブログは自分磨きのブログであり、タイトルも「自分磨きの鬼となれ!」です。
今回は「自分磨き」とはなんぞや? その本質 極意について僕の思うところを書いていきます。
「自分磨き」の極意を簡単に言うと
・人格を高めること
・自分を極めること
この2つだと思います。
-人格を高める-
モテたい
仕事で成功したい
スポーツを極めたい
色々な理想像を持つ人がいますが、全人類共通で「人格を高める」ための自分磨きは行うべきだと思います。
人の不幸を喜ぶ人より人の幸せを願う人になる
不平、不満を言う人より前向きで明るい言葉を使う人になる
すぐ怒る人ではなく寛大な人になる
恥を恐れる人ではなく恥を受け入れる人になる
すぐパニックになる人ではなく冷静でいられる人になる
すぐ諦める人ではなく最後までやり抜く人になる
モテたい人だろうが、仕事で成功したい人だろうが、何を目指す人であろうが、人格はないよりあった方が自分の能力を引き出し、大きな力が発揮されます。
極端な例を出すと「世界を征服したい」とか「人殺しの達人になりたい」といった人でも人格がある方が良いです。
「世界制服して俺のやりたい放題にしてやる グヘヘ」って人よりも「世界を征服して世界中の人々が幸福で平和に過ごせる世界を作りたい」という志を持っている人の方が大きな力を持っています。
「人の血を見るのが好きなんだ~ ヒャッハー!」って人よりも「世の中の悪党をすべて殺して平和な世界を作ってやる」って人の方が大きな能力を発揮するのです。
人格を高める方法は自分の心を観察することです
「あ、俺いま人の不幸を願ったな」
「この仕事嫌だなって思ったな」
「諦めそうになったな」
「めんどくさくなったな」
「パニックになってるな」
「言い訳を考えているな」
「恥かくのをビビッているな」
といった感じで日々自分の心の汚い部分に気付き、修正していく。
スポーツの練習や勉強よりもはるかに地味で達成感を得にくいですが、この地道な作業を繰り返すことで人格は磨かれます。
-自分を極める-
人の欲望は限りないもので、究極の理想の自分はどんな自分かと問えば、外見が良くて、頭も良くて、スポーツも出来て、面白くて、お金持ちで、器用で・・・・・・とキリが無くなってしまいます。
しかし、世の中にはすべてが完璧な人間はいませんし、すべてが完璧な人間にはなれません。
自分磨きの極意は「完璧な人間」になることではなく「完璧な自分」になることです。
格闘ゲームをやったことがある人ならわかると思うのですが、キャラを「極める」という表現が良く使われます。
ストリートファイターだと リュウを極める ガイルを極める
スマブラだと ピカチュウを極める カービィを極める
「自分を極める」というのは自分磨きの本質であり、格ゲーの「キャラを極める」にとても感覚が近いと思います。
格闘ゲームには
・ガンガン攻めるキャラ
・こちらからは仕掛けず、相手が動いたらそれに対応するキャラ
・トリッキーな動きで相手を翻弄するキャラ
色んなキャラがいますが、そのキャラに合った戦い方をすることがキャラを極めるためには重要です。
攻めが強いキャラなのに仕掛けず待ったり、相手の動きに合わせて対応するキャラなのにガンガン攻めたりすると、そのキャラの性能を引き出すことが出来ません。
現実でも同じで、「自分」というキャラにあった戦い方をすることが自分を極めるために非常に重要です。
わかりやすいところだとファッションがそうですね、「流行っているから」「モテてる人がそうしてるから」ではなく、自分に合った服を選ぶ、自分に合った髪型を選ぶ、という方が自分の魅力を引き出すことが出来ます。
もっと言えば、「そもそもファッションに無頓着で服を選ぶのなんか大嫌い」という人であれば服も髪型も無頓着のまま、自分の魅力を引き出せば良いのです。
少し古いですが、ダウンタウンの松ちゃんのトークの文章が印象に残ったのでそのまま引用します、興味ない方は飛ばして下さい。
最近、ボクが着ているのは、このペラペラのBVDの丸首シャツでしょ。いつ見てもBVD。これがウソをついていない本来のボクのカッコなんです。
何年か前までは、多少はブランドに走ったこともありましたし、髪の毛に気を遣ったりしていました。
でも、それって、考えてみるとウソなんです。全部、ウソです。本来は、BVDの丸首シャツだけでいいんです。
それが出来るように頑張ってきた・・・みたいなところが、これまでのボクにはありました。頑張ればウソをつかないでもいいようにと・・・。
ある人は「松本、いつもBVDはやめておけよ」と言うかもしれませんが、そういうことを誰にも言わせない。強引に認めさせるようにやってきました。自分が思っていることを言っても、誰にも文句を言わせないところまで自分を持っていくことがすごく大切なんじゃないでしょうか。
-中略-
坊主になったのも同じことでした。それまでは、どこかで「髪型をこうしたほうがモテるんと違うかな。こうしたほうがウケるんと違うかな・・・」というのがあったのでしょう・・・。
ある時、そういうことを一切せずに「自分の本当に着たいものだけを着よう」と思ったんです。
若い男の子は、パーマあててサラッと茶髪にしてますが、しなくてもモテるのならばしたくない・・・はずです。しんどいだけですから。リンスする時間って、ものすごく無駄な気がするでしょう。それでもするのは異性や周りの目を気にするからですね。
そういう周囲を気にすることすべてがアホらしくなって、ちゃんとしたとこで勝負したくなりました。もし、それで女も寄ってこなくなったのなら、それでもいい。でも、そうはならんやろ、頑張ったんやから・・・とは信じてました。
このカッコは、日本だと松ちゃんやとわかりますが、海外だとホームレススタイルですよね。NYでは尊敬されない服装でしょう。そんなんが楽しいんですよ。
松ちゃんのように、坊主に丸首シャツで魅力的でみんなから認められる存在になるのは難しいかもしれませんが、ここで言いたいのは「流行だから」「世間体が気になるから」という理由でファッション、音楽、映画、芸能などを気にする必要はない、自分らしくあれば良い。ということです。
もちろん、流行の服装や髪型を追うのが楽しい、大好きだという人はそれでも問題ありません。
仕事ではさらに自分を極めることが重要です。
経営学者でマネジメントの神様と呼ばれるピーター・ドラッガー氏の名言を紹介します。
不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。
自らの強みに集中すべきである。
無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、
はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。
いまさら、自分を変えようとしてはならない。
そんなのは、うまくいくわけがない。
自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに、力を入れるべきである。
人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである。
ピーター・ドラッガー氏の教えは一貫して「強みの上に築け」です。人より得意な分野をさらに伸ばすのが重要であると伝えています。
また、ある分野が「好きである」ということも強力な個性で、自分を極める上で見逃せない要素です。
普通の人が嫌がる作業を楽しく出来る。 これは圧倒的な強みです。
能力で選ぶか、好き嫌いで選ぶか。 これはどちらも重要で片方だけで選ぶものではありません。
能力+好き=その分野の才能 です。
-まとめ-
自分磨きの極意は
・人格を高めること
・自分を極めること
です。
「レベルの高い人間になろう」、「自分を磨こう」と思うならば行動や仕事を選ぶ時、自分にこんな質問をして下さい。
「この行為は人格を落とすだろうか、高めるだろうか?」
「この生き方は自分らしいだろうか?自分の良さを生かせるだろうか?」 と
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