しつこいけど、
僕は入院しているお部屋の中だけは、
普通に歩くことを、
担当医から許可されている。
でも、
実際のところ点滴だとか、
心電図だとか、
電動の機械を介して、
身体中に管をつないでいるので、
お部屋といえども、
そうそうウロウロ出来ない。
せいぜい、
食後に歯を磨く時ぐらいかな〜、
ベッドから立ち上がるのは。
で、
お部屋に備えられている流し台で、
歯を磨くんだけど、
流し近くのベッドにいる気のいいジジイが、
僕に声をかけてきた。
「井上さん、あんた、何歳?」
「あ、52歳です」
「若いね〜、この部屋で一番若いばい」
そう、
お部屋では、
僕は若手のホープで、
心臓疾患界の八村塁みたいな存在なんだよ。
とはいえ、
僕も一般的には、
十分にヨボヨボなんだけどね。
ってなわけで、
僕が入院しているお部屋の患者さんは、
みんな重鎮で、
成人病で、
何度も病院に出戻っているその道のプロなんだよ。
だから、
薬の知識なんか、
下手な看護師より豊富で、
「そんな時は◯◯を投与すればいいばい」
って、
医者よろしく、
的確な処方をしちゃうんだよ。
それだけの知識がありながら、
再入院を繰り返すって、
わかるようでわからないんだけどさ。
だから、
比較的病気に対する恐怖心が少なくて、
泰然自若というか、
おおらかな雰囲気のジジイたちばっかりなんだよ。
初めはオロオロしていた僕が、
なんか青く感じられちゃってね。
ところが、
病気慣れの経験で、
知識を増やしたとはいえども、
病気慣れしたってのがミソなの。
ジジイで何度も再発させてるとさ、
体はボロッボロになってるわけよ。
何度も使いまわした輪ゴムみたいな、
そんな肉体の状態なのよ。
それで、
泰然自若としているって、
もう悲劇性の欠片もなくって、
あるのは、
絶対的なだらしなさと、
喜劇性しかないのね。
大病ってのは、
圧倒的にジジイやババアに多いんだろうけど、
やっぱ、
大病が似合うのは、
そこに悲劇性が感じられる若い世代だよね。
『愛と死を見つめて』の時の、
吉永小百合さんみたいな人が大病だったら、
「若いのになんて可愛そうなんだ、こんちくしょう!」
になっちゃうけど、
僕らの病室を見たらさ、
「まあ、こんなもんでしょう」
って気になっちゃうもんね。
つまり、
若い連中以外は、
大病を患っちゃいかんし、
健康に生きないと、
どうにもなんないよ。
ほら、
湿布だってさ、
高校野球部のキャプテンなんかが、
ペタッなんて、
頑張っちゃったんだろうな〜って、
眩しくすらあるけど、
50以上のジジイやババアが、
湿布をペタペタ貼ってたら、
貧乏くささ以外感じないじゃん。
アレと同じだよ、
大病だって、
若者の特権なんだと思う。
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