皆さま お疲れさまです
九州南部も梅雨入りとなりました 平年より5日早く 昨年より11日も早い入りとなりました 本土でも南端に位置する地理ですから 夏の太平洋高気圧が 梅雨前線を押し上げれば 沖縄・奄美地方に次いで 梅雨が明けてくれるのでは?と考えがちですが 気象は中々複雑のようで 本州・四国・九州の中で 梅雨明けが1番遅かった年もあるほど 九州南部の梅雨期間は長いんですね 洗濯物も 室内干しが続く うっとしい季節の始まりです
「アルコール依存症は心の病気」
この言葉は 何度となく このブログでも書いています 健全というか 理性を持った 普通の心理・健康状態であれば 日中から飲酒するという事は 休日のレジャーや 冠婚葬祭等でなければ先ずありませんね これが常識的な慣例というか日常のはずです それを何で 朝・日中から飲んでしまうのか? そこには 「飲まずにはいられない」 という心の闇が浮かび上がってきます 報道等の事が事実とすれば 先日 問題を起こした芸能人も 正しく その闇の中に迷い込んだ結果だったようです
30歳辺りで アルコール依存症に陥った この私も同じでした 飲酒を本格的に始めたのは 社会に出てからの18歳からでした 自分に対し 自信等はまるでなく 劣等感の塊のような日常で 唯一 解放感を与えてくれたのはお酒でした 鬱屈した気分が 飲んでいる時だけでも忘れられる… 「酒はウソをつかない」 こういった高揚感から この言葉が アタマの中に浮かび上がってきました 20代半ば頃からだったでしょうか 休日の昼間から ビールを煽ったりしていました 飲み方が酷くなってきたのは 26・27歳頃からでしょうか… 当時は 殆ど家飲み専門で 2階のステレオが置いてある部屋で 好きな音楽を聴きながら 飲んでいました 酩酊した状態で グラスを持ちながら 同じく2階の自室に戻り 残ったお酒に ティッシュを被せてからベッドに入ります 翌朝 その残ったお酒を煽ってから 1階に下り朝食を摂る こういった行為が始まっていました 26歳の時に 通信制の大学に通うようになりましたが 休日の講義の日 昼食の休憩時間に外に食事に出て そこでビールを注文し 飲んでいたという事もありました この大学も 留年することなく卒業できましたが こんな感じで 学歴資格なんか取ったって 自信になど繋がりませんでした 28歳の時に結婚しましたが この 元嫁との結婚も 母方の叔母の紹介の娘で ほぼ見合い結婚と同じでした 当時 「お見合い」 というモノは 殆ど廃れていて こういった 自身の中での出来事も 劣等感に繋がっていましたね 実家の会社のトラブルで 創業し また 生まれ育った 東京江東区深川から オフクロの出身地でもある 郊外の東久留米市に ほぼ結婚と同時に 会社ごと移転していて 当時 長期ローンで購入した自宅は クルマで5分ほどの場所でしたが 早朝6時半頃に 操業前の準備のため 1度出社し1時間ほどで準備を終え 7時半頃に 朝食を摂りに自宅に戻ってから 再び出社という時期がありましたが 早朝の出社時に 近くの酒屋の自販機で ワンカップを購入し 一気飲みしてから仕事を始める… こんな問題飲酒は 結婚してから直ぐに始まっていきました その早朝出社時でも 自宅を出る前に 一杯ひっかけてからの出社でした(苦笑) これでも 操業開始時には 殆ど酔っていなかったワケですから 正直お酒は強かったと思っています 朝からこれだけ飲んでいて 酩酊は多少するのですが 直ぐに覚めてしまう… 脳がアルコールに対し 耐性が付き始めていたという事もあると思っています 毎日の ルーティンな勤務も 鬱屈した気持ちではなく 多少でも 解放された気分で仕事をしたい… そういう考えがあるから アルコールに手が出てしまう でも あれだけ飲んでも 多少しか酔えない… 良くない事と解っていても お酒に逃れてしまう… 普通に考えれば 尋常な事じゃないし この頃から 「こんな事 何時までも続けられないし 何れ破綻する」 という想いも有ったのは事実です これ非常にまずい事で 依存状態に どっぷり嵌っていました
「常識的に考えられない事をしている」 という事は 理解できても 「飲まなきゃやってられない」 という超現実がある しかし 「やっていられない」 という想いの方が強い = 「心の病気」 ですよね…
「酔えない」 がまずい事 = 酔えなかったら飲酒する意味がないんですよ 酔いたいがために スピリッツ35度の焼酎を 割らずにストレートで飲む… こういった行為に進んでいきました ここまでくると 肝臓も異常を示し 食欲など まるで湧きません 食べるモノも食べず 強い酒を煽る 酔っているからフラフラになるのではなく 栄養失調状態になって身体に チカラが入りませんでした こんな状態で 勤務中に倒れ 救急車で 2度ほど運ばれたということもあり その度に バツの悪い思いをしていました こんな状態からはあっという間でしたね… 次第に勤務継続が不可能になり 元嫁とオフクロに付き添われ お隣の市の 国立精神神経センターの外来を尋ねました
アルコール依存症予備軍である 問題飲酒者は 全国で100万人を上回ります しかし 外来受診に繋がった方は その6%ほどでしかありません とは言っても 問題飲酒者が 必ず アルコール依存症者とは限りません しかし こういった方たちを 依存症までに進化させないためにも 「節酒外来」 という診療科目も 少しづつ出来つつあります 上記に記したように
問題飲酒者になってしまう事に対しては 殆ど 「心の闇」 というモノがまとわりついています 「心の闇」… 「なぜ 飲まなきゃ生きられないのか?」 この問題を 少しづつでも解きほぐし 「なぜ?」 を修正していかなければ 節酒・断酒に繋がるワケがありません そのためには 自身も変わっていく事と それなりの時間も必要です
「飲み方に多少問題がある」 と自覚した時などには 節酒外来等の受診をお勧め致します
次回は アルコール依存症と診断された頃から 断酒を決行した頃 そして18年近くの断酒の後 再飲酒してからの酷かった状態の事を書きたいと思っています
後記
墜ちる所まで落ちて 入院のため 鹿児島に導かれてからは 再びのバンド活動にも ホントに救われました 今の所 来月16日と 8/25日にライブがあります 昨日今日とシフト連休で 昨日もスタジオ練習をしてきました 回復をしていく事に 膨大な時間が必要でしたが 沢山の導きに感謝です



