慶喜15話 | lunaーcha。

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言いたいことも言えない、
こんな世の中じゃ~poison♪






━━━寛永寺。


秋斉がいなくなってから
置屋が経営難に陥る。

秋斉さんとの思い出の詰まった場所が
なくなってしまう…。


「……留奈。 すまないが、
一つ頼みを聞いてくれないか」シュン

「頼みですか?」

「ああ。太夫として
島原に戻って欲しいんだ」

(……!)

「お前は島原一の太夫だった。
お前が戻れば、置屋はきっと
持ち直すことができるだろう」

太夫になったのは慶喜さんのためで、

彼の傍にいたい一心で太夫になった…

それなのに、島原に戻れって……。


「……お前に酷いことを
言っている自覚はあるよ。
それでも……頼む、留奈。
お前にしか頼めない事なんだ」シュン


慶喜さんの整った眉が悲しげに寄せられた。


(……自分の手で置屋を救いたくても
慶喜さんはここを動けない。
だから、今慶喜さんの代わりに
秋斉さんの置屋を守れるのは、私だけ…)

「……判りました。島原へ戻ります」

少しの沈黙の後、慶喜さんは小さな声で、
ありがとう、すまない、と呟いた。


謹慎が解けたら迎えに行くと
寛永寺を出る時に約束してくれた。

私は涙ぐみながらそれに頷いて、
一人京の島原へと向かった。


置屋はどうにか持ち直してはみたものの、
売上は上がらず、このままでは
謹慎が解けても私が離れられない。

そんな時、花里ちゃんが
お客さんから聞いたと、
慶喜さんの謹慎が解けていると聞かされる。

戊辰戦争も終わって、
一月前に解けていると。


どうして迎えに来てくれないんだろう

もしかして、何かあったのかな…

それとも、私を好きじゃなくなった?

……ううん、慶喜さんはそんな人じゃない。

きっと私のためを思って迎えに来ないんだ。

島原に戻ってくる前にも、
彼はずっと私の身を案じていた。

もしかしたら、気のいい旦那さんに
身請けされれば…とでも
思っているのかもしれない。

(…でもね、慶喜さん。

私の好きな人は
慶喜さんしかありえないんだよ)

いますぐ会いたい。

だけど置屋を離れられない。


(一体どうすれば……)


悩む私は帳簿と睨めっこをしていた。

経営を立ち直すためここに戻って来てから

秋斉さんの部屋を行ったり来たりで、
最近は秋斉さんの部屋に
入り浸りになっていた。

散らかってる様子を見れば
秋斉さんは呆れるだろうな。

だけど片付ける気力もない。

これを途方に暮れるって言うんだ…。


慶喜さんに会いたい。

……でも、秋斉さんが残した置屋も
放っておけない。

疲れて目を閉じると、睡魔が襲ってきて。


かくん、と頭が揺れて
慶喜さんに貰った簪が髪から落ちた。

(…!)

壊れてないか手を伸ばすと
今まで気付かなかった冊子が目に入る。

濃紺の表紙には特に何も書かれておらず、
帳簿とも違うそれを何となく開いてみた。

最初の数行を読んだところで、
私ははっと息を飲んだ。

見覚えのある流麗な文字。

多分秋斉さんの筆跡で間違えない。

それは、彼の日記だった。

少し迷った末読み進める。

日記は、秋斉さんが初めて
この置屋に来た時からつけてあった。

【慶喜が市井に紛れ
世情を調べると言い出した。
相変わらずこちらの手を焼かせてくれる】


冒頭から文句が飛び出していて
私は少しだけ笑ってしまった。

それから読み進めると
島原に来てからのことが
事細かに書かれていた。
日記からは、秋斉さんの
慶喜さんに対する深い思いが伝わってくる。

慶喜さんが悩んでいることに、
同じように頭を悩ませていたり
慶喜さんがうっかり失敗したことの
後始末を押し付けられて、呆れていたり。


いつも冷静で、何を考えてるのか
判らなかった秋斉さんの、本当の思いが、
そこには綴られていた。

さらに端の方には
置屋の経営についての走り書きがあり、
もし経営が傾いたら、試してみようと
いくつか案が書かれていた。

【もしかすると、慶喜が
隠遁せざるを得ない日が
いつか来るかもしれない。
そのためにもこの置屋は
存続させなくてはいけない】

そう書かれている日付は
だいぶ前のものだった。


(そんなに昔から…慶喜さんが
権力を手放した場合の未来を
想定していたっていうの…?)

改めて、秋斉さんの、
思慮深さを知った気がした。

そのうち、私のことも書かれ始めて…

【慶喜が一人の娘を連れてきた。
名を留奈という】

どきりとした。
秋斉さんは私をどう思っていたんだろう。

……だけど私に対する秋斉さんの感情は
一切書かれていなかった。

慶喜さんと一緒にいる時の様子を
ただ書き記してあるだけ。

星祭りの時のこと、禁門の変の時のこと、
天狗党討伐の時のこと。
日付が進むにつれ、文章から
慶喜さんを純粋に心配していることが
滲み出るようになる。

最期の瞬間に、口にしていたように。

ただ幸せでいてくれれば。

ただ笑顔でいてくれれば…。

そして日記は
鳥羽伏見の戦いの前辺りで途切れた。


「秋斉さん…っ」

涙を抑えることはできなかった。

(……やっぱり私、
慶喜さんに会いに行かなきゃ。
秋斉さんの残してくれた知恵があれば
きっと置屋を立て直せる。それで…
秋斉さんの思いを伝えるためにも、
慶喜さんに会うんだ…)


案をいくつか試すとあっという間に
置屋の経営は回復し、他にも残してあった
いくつかの案を別紙にまとめ
番頭に託し、慶喜様の元へ。




───数週間後。

静岡の片隅にある一つのお屋敷の前に、
私は立っていた。

最低限の人しか雇ってないのか、
中からはあまり物音がしない。

一度声をかけても誰も出なかったので
私は勝手に屋敷の敷地内に足を踏み入れた。

小さな庭にたどり着くと、
すぐに見覚えのある後ろ姿を見つける。


派手でも地味でもない、粋な着物に、
後頭部で緩くまとめた髪。

少し寂しそうにも見える背中に、
何のためらいもなく近付くと。

足音が聞こえたのか、視線の先にいる人物は
僅かに体を動かすが、こちらを
振り向くことはなく、力ない声で呟いた。


「しばらく庭で
一人にして欲しいと言っただろう。
また新政府の一派が
俺を担ぎ出しに来たなら、適当にあしらえ。
けいき様は、物が喉を通らない程に
塞ぎ込んでいらっしゃいます、ってな」

家の手伝いの人とでも
勘違いしてるんだろうか。

私は半分呆れながら言ってやった。

「一体誰が物が喉を通らない程
塞ぎ込んでいらっしゃるんですか?」

「───!!!」!?


その瞬間、すらりとした長身が、
ぎょっとして振り向く。
今まで見た中でも一番の顔で
慶喜さんは驚いていた。


「……留奈…?」!?

「…………、
ここまで来てしまったのか…」シュン

全てを悟ったのか、
気まずそうに視線を逸らす。

そんな慶喜さんに私はつかつかと歩み寄り、

──ぱんっと、その端正な顔の片側に
思い切り平手打ちを浴びせてやった。

予想外だったのか、
慶喜さんはそのまま固まっている。
私は涙ぐみながら
慶喜さんの腕の中に飛び込んだ。

「本当に酷い人です」

「………」!?

「貴方と一緒じゃないと
生きられないんだって…
もう十分に知ってくれていると
思ってたのに。いつまで経っても
迎えに来てくれないんですから…」

「…留奈…」シュン

「遅刻にも程があります。
…あんまり遅いから…
私が迎えに来ちゃいました」

「………」シュン

慶喜さんの背中に回した手に
ぎゅっと力を込める。

我慢できない涙を
彼の胸元に顔を埋めて隠した。

「もう、絶対に離れませんからね。
何があっても、
私は貴方の傍にいるんです…」

それは、半分は私の願いだった。

もう絶対に離さないで。

何があっても、傍に置いていて。

抱きついたまま、そっと
慶喜さんを見上げる。

そこにあった瞳は、私と同じで
今にも泣いてしまいそうに
切なく揺れて。


──次の瞬間、
抑えていた何かが弾けたみたいに
慶喜さんは私をかき抱いた。


「……留奈…。…留奈…留奈…」

私の名前を繰り返す声は、
少し震えている。

本当は失うことを怖れていたくせに、
格好つけようとするこの年上の男の人を
誰よりも愛しいと思った。

「……未来に帰すのが、一番だと思った。
時代が変わったとはいえ、
俺の隣にいるこで、危険な目に遭うことも
あるかもしれないと思ったんだ」

「…はい」

「……だけど、もう無理だ。
再び手にしてしまっては……
もう俺は二度とお前を手放せない


慶喜さんの腕にぎゅっと力が入る。

傍にいてくれ、留奈。
愛してる、留奈


……愛してる


「…はい…、私も愛してますよ」

静かな声で答えると、慶喜さんが
ありがとうと、小さく小さく囁いた。

しばらくすると、漸く慶喜さんは
私を解放してくれた。

その頬は、珍しく僅かに赤く染まっている。

「はは…情けないところを見せたね」テレドキドキ

「…長旅で疲れている
だろうにすまない」テレドキドキ

「すぐに部屋を用意させよう」

屋敷へと歩き出す彼を呼び止め、
渡しておきたいものがあると、
秋斉さんの日記を渡す。

その夜日記を読んだ慶喜さんは
その間一度も口を開かず、
読み終わって涙を一つ
静かに零していた。





続き⇒月END  








慶喜様ーッ!!


迎えに来て欲しかったけど、

もっと慶喜様の心情
知りたかったな(´・ω・`)