幻獣奇譚抄
忠誠は海より深く
ポセイドン様の身体は、岩か鉄か、はたまた不必要に精錬された金属塊かと思うほど固い。それは日々の鍛錬によるものらしいのですが、海の神ともあろうお方が、なぜそこまで鍛える必要があるのか。誰も尋ねられません。尋ねた者は皆、問答無用で沈められるからです。
しかし鍛えすぎた結果――沈む。
筋肉は浮かぬ。浮かぬものは沈む。極めて自然の摂理でございます。
その夜、海底宮殿には「どぼん」「どすん」という地鳴りのような音が響きました。ポセイドン様が“こっそり泳ぎの練習”をしていたのです。家臣一同、気づかぬふりをいたします。触れてはいけない問題なのです。
海馬が心配して声をかけると、ポセイドン様は胸を張って言いました。
「余は沈んでおらぬ。深みを視察しておるのだ」
その言葉の直後、ごつん、とさらに深く沈まれました。
海馬はため息をつきながら救助に向かいましたが、その背中はどこか誇り高くもございました。なにせ、自分がいなければ“海の神”の命が危ういのですから。

