日本国憲法を語るに当たり、絶対出てくるのは「前文」ですよね。

 

 

憲法を読む限りは法律議論をが始まるのに、なんで条文よりも前文がここまで注目されるんだ?って思いますよね。

 

憲法に基づいて下位法が制定されるのならば、条文が重視されるに決まってます。それなのに「(日本国憲法)前文によれば…(云々」と言う人って結構います。

 

諸条文の前に書いてある前文ですから、条文の解釈や適応に当たっては参考にはなるかもです。ですけど、それも程度問題であって「なんでもかんでも前文前文」では、だったら条文はどうなるの?って言いたくなります。

 

 

司法書士や行政書士の受験準備をした人によると、参考書によっては、「この考えは憲法のなにに基づくものか?」に条文同様、前文も挙げられている、って話ですから。

 

 

ボクは、日本国憲法をうな丼定食として

条文をうな丼とするならば

前文は肝吸い以下の香の物だと思ってるんですけどね。

 

 

ところで、日本国憲法が発布された時、前文の前にさらに興味を引く前々文があるんです。それは天皇陛下(昭和天皇)から賜わりしお言葉です。

 

 

>朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

 

 

この文章によりますと、日本国憲法は新たに創設されたのではなくて

大日本帝国憲法(以下、旧憲法)の「改正版」だということになります。

 

 

憲法改正是が非かが広く取りだたされ、それを旗印にしたら、週末開催の反対デモや抗議行動の動員もいいみたいですが、

 

すでに一回改正されているんですよね。

 

 

それも、(もう一度書きますけど)週末開催の反対デモや抗議行動とかに動員されるリベラル様方なんてひとりも議論に参加してなくて

 

 

民主主義が弾圧された暗黒時代の権化である

 

枢密員顧問ですとか

旧憲法第七十三条による

帝国議会の議決ですとか

 

 

が(何度も言いますけど)週末開催の反対デモや抗議行動とかに動員されるリベラル様方抜きで作ったんです。

 

天皇陛下のお言葉の後に続く内閣閣僚は「内閣総理大臣兼外務大臣     吉田茂」を始めとする(悪名高い)帝国議会から選出されたんですよ。

     
     

そういうのってイヤでしょ、みなさん。

でもそういうのが作り変えたんですよ、日本国憲法って。

 

 

その、旧憲法改訂第一号の日本国憲法に対して

いままた、主権者である日本国民の裁可に基づき

ふたたび改憲議論が沸き起こるのならば

これほど国益に叶うことはないと思うんですけどね。