「真琴が哲君と別れたと聞いたときに私は心の中で期待していた。
もう彼女が恋人なんか作らずに私のそばにいてくれることを願っていた。
だって今までのどの恋人よりも私は真琴を理解していた。
なのにどうしてわざわざ違う生き物を選び続けるのだろう。
どうして私ではダメなのだろう」
島本理生さんの『一千一秒の日々』を読んで一番「解る」と感じた文章です。
連作短編集の二話目の主人公が親友に抱く思いは親友に対して上記のような思いを抱いています。
本人はこれを恋愛だと思って苦しんでいるようですが、私は友情だと思いました。うまく表現できないけれど、自分が大切に思う友達ならばこんなようなこと考えてしまうのは特におかしいことではないし、恋人はもちろん、友人にだって独占欲の矢印は一本だけではないと思うから。
本を買ったときにおつりと一緒に渡された書店くじ。
いつも「どうせ当たらないし」と当選発表はもちろん何が当たるのかも気にしたことはなかったのだけど、
お財布の整理をしたときに、裏面にも目を向けてみた。
特等はオーストリア旅行。一等は1万円分の図書カード、以下千円、五百円、百円と続く。私が気になったのはダブルチャンス賞。備考を読んでみるとハズレ券を10枚集めて応募すると抽選で100名に1万円の図書カードが当たるというものだそうだ。今私の手元には3枚ある。あと7枚か。この券っていつまでもらえるんだろう、とまた表を返してみると、
10/27~11/9の2週間しかない。もうすでに今日は6日。ぜったい無理だろう。
だいたい2週間で10枚とはかなりのハイペースで本を購入しなくてはいけない。2日に1冊買っていても間に合わない計算になる。
そう考えるとこのダブルチャンス賞、かなり当たる確率は高いのではないか。
よし、書店くじを10枚集めてダブルチャンス賞を狙おう、そして1万円分の図書券をもらってあれとあれとあれを取り寄せて・・・、などと皮算用をし、書店で買い物をしたけれど、すでに配り終わった後なのかレシートしか渡されずに帰ったのでした、ちゃんちゃん。
ちなみに買った本は「生協の白石さん」
和みます。
2年前から妹に買ってきてと頼まれている「文庫手帳」
それを見て2005版からは「お母さんも欲しいわ」と二冊必要に。
働いていた書店が撤退して、別の仕事に移った今年も「文庫手帳」を手に入れるのは私の仕事らしい。
なかなか小さい書店では入荷も入手も困難。
雨の降る土曜の次の日は青空の日曜が待っていた。てくてく歩いて図書館へ。
林真理子著「アッコちゃんの時代」はやはり予約が必須だった。そして恩田陸も。
右から
- 野中 柊 ガール ミーツ ボーイ
- 辻原 登 ジャスミン
- 草野たき 透きとおった糸をのばして
島本 理生 一千一秒の日々
- 以上4冊。辻原登作品は短編では老成した感じをうけるのに長編になると途端にくだけた感じになるのが不思議。
覚書:23日付けの読売新聞の書評で紹介されていた「殴りあう貴族たち」が気になる。
うちの家族は皆この本が気になっていたようで、順番に起きてきて食卓に着き、新聞を開いては「お、『殴りあう貴族たち』やってぇー(だってぇー)」と口に出していた。
FIGAROジャポン11/5 恒例の映画特集。
フィガロジャポンは定期購読しようかと思うほど頻繁に買っている。
CUTも映画特集だったのでどっちにしようか迷った末、ソフィア・コッポラに軍配が。
ソフィア・コッポラ版マリー・アントワネットはなんとなくベルバラを想像させる。それとマイフェイバリット
ひうらさとるさんの「東京BABYガール」も。公開が楽しみ。
創刊雑誌 REAL SIMPLE
第一印象は「暮しの手帖みたい」
元々はアメリカで作られて、人気の高い雑誌の日本版らしいのだけど、最初に「暮しの手帖」が浮かんできたのでそんなに目新しい感じはない。でも「暮しの手帖」はもっと年をとってからと思う反面、「REAL SIMPLE」は敷居が高くないかも。広告ページが多いのにあまり気にならない。一番気になったのは手のお手入れ方。手にコンプレックスがある分参考にしたいと思った。可愛いピンクのダイアリーが付録。
小さい頃、母の指を触っていないと落ち着いて眠れなかった。正確には指と言うよりその先にある爪に触れるのが好きだった。つるつるした触り心地の日は気持ちよく、ざらざらする日は何となく不安になった。
母の爪は細目で長く女らしい。娘の私はいびつで、未だにストレスが溜まったときなど無意識に爪を噛む癖がでてしまう。手の形もごつごつと華奢な指輪も似合わない。学生の頃、健康診断に引っかかり医務室に呼ばれた時だ。生理がものすごく不順だと訴えると先生に「だから手が男っぽいのか」と言われ医学的根拠を疑う前に納得してしまった。
そのせいか人の手や爪の形をついつい気にしてしまう。書類を指す上司の指や、隣でつり革を握る高校生の指。節と節の間が長く、私のように逆剥けだらけではない肉薄の指が私の理想だ。私は間違いなく指フェチだろう。
フェチといえば川端康成の「片腕」もそうだ。肩から先の部分部分の表現はすこしエロティックで美しい。作品自体、幻想的で不思議な感じがする。
前にどこかで川端康成は「手」フェチ、谷崎潤一郎は「足」フェチだという文章を読んだ覚えがある。
あまり部分を気にして読んだことはないけれど「手」だったら私の一番は前出の「片腕」。そして「足」なら表現が、というわけではないけれど「曽根崎心中」が印象に強い。
「曽根崎心中」中巻のⅡ、Ⅲの部分。(岩波文庫)
縁の下に隠れた徳兵衛がおはつの足を使って心中を誘ったり、おはつも自分の足でそれに答えたりするシーン。 私が書くと何の情緒もない説明だけど、いちど人形浄瑠璃を見て欲しい。ものすっごくエロティックなのだ。真っ白い足をかき抱き、涙を流す徳兵衛の顔は人形なのだから同然本当に泣いているわけでもなくむしろ無表情なのに不思議と感情が伝わってくるのだ。道行の場面より私はここの場面が一番好きだ。
でも本は難しい。私も記憶に残る映像と想像を振り絞って活字を追うのだけれど、やっぱり難しい。でもこの場面は何回も読み返してしまうほどだ。古典文化に対する苦手意識が少し解消されるきっかけになった作品。



