いい授業って何だろう3 意見を言い要求する子どもたち
これもカテゴリは特別支援教育では無いかもしれませんが。
でもって、今日は何か勢いついちゃってます。
自慢話です。
大昔の話です。
肢体不自由特別支援学校に行った年に。
私が肢体不自由特別支援学校に行った1年目。ある地域の教科の研修については別に特別支援教育を選ぶ必要はありませんでした。私は社会科が好きだったし、小学校時代は社会科のグループに入っていました。特別支援学校に行っても、何て言うか小学校に帰るかもしれない、という思いもあったし、社会科のグループに所属しました。
前いた小学校の先生で社会科に造詣の深い素晴らしい先生がいらっしゃいました。当時の小学校でも既に低学年でも定期テストは当たり前になっていましたが、その先生は「あんなもので学力が評価できるわけがない」とされていませんでした。もちろん漢字小テストなどはされていましたが。
当時、コピー機は学校に入ったばかりでした。私や他の先生は何となく「もったいない」と思ってあまり使いませんでしたが「こんな物は使わなきゃ」と子どもたちへの視覚教材や、子どもたちの評価の資料作りにがんがん使っておられました。
また、当時はネットは無い時代でしたから、資料集めの実地訓練として図書館に連れて行って頂いたりしました。
ある地域の社会科研修グループの中でも重鎮でした。
で、私が肢体不自由特別支援学校に異動した年の2学期頃に、社会科グループの研修がありその先生が講演をして下さる、とのお知らせがありました。私も楽しみにして出席登録しました。
当日、私は仕事で参加が遅れました。もう話は半分か3/4は終わっている時刻になって私は駆けつけました。
先生は話をされておられましたが、私が部屋に入っていくと、突然話を変えられました。
「今年の学年(前年は私も担当していた学年。3クラスありました)を担当した時、ある先生のクラスの子どもたちがえらく他のクラスの子たちと変わっていた。発表はみんなしたがるし、あれしたいこれしたいといっぱい言ってくる。最初は、なんてしつけのなってない子たちだろうと思った。しかし、よく考えてみると子どもってそんなもんじゃないか。その子たちってすごくうまく育ててもらってるんじゃないか」
おおむねそんな内容でした。もちろん私のことですね。
ありがたいことでした。
ほんとうに私は授業は下手だったです。でも子どもたちの表現は大事にしようとしていました。(表出性コミュニケーションと言ってもいいかもしれません)
たぶん、その点では、私は通常校・肢体不自由特別支援学校・知的障害特別支援学校・特別支援学級と態度は一貫していたのだと思います。
でもって、今日は何か勢いついちゃってます。
自慢話です。
大昔の話です。
肢体不自由特別支援学校に行った年に。
私が肢体不自由特別支援学校に行った1年目。ある地域の教科の研修については別に特別支援教育を選ぶ必要はありませんでした。私は社会科が好きだったし、小学校時代は社会科のグループに入っていました。特別支援学校に行っても、何て言うか小学校に帰るかもしれない、という思いもあったし、社会科のグループに所属しました。
前いた小学校の先生で社会科に造詣の深い素晴らしい先生がいらっしゃいました。当時の小学校でも既に低学年でも定期テストは当たり前になっていましたが、その先生は「あんなもので学力が評価できるわけがない」とされていませんでした。もちろん漢字小テストなどはされていましたが。
当時、コピー機は学校に入ったばかりでした。私や他の先生は何となく「もったいない」と思ってあまり使いませんでしたが「こんな物は使わなきゃ」と子どもたちへの視覚教材や、子どもたちの評価の資料作りにがんがん使っておられました。
また、当時はネットは無い時代でしたから、資料集めの実地訓練として図書館に連れて行って頂いたりしました。
ある地域の社会科研修グループの中でも重鎮でした。
で、私が肢体不自由特別支援学校に異動した年の2学期頃に、社会科グループの研修がありその先生が講演をして下さる、とのお知らせがありました。私も楽しみにして出席登録しました。
当日、私は仕事で参加が遅れました。もう話は半分か3/4は終わっている時刻になって私は駆けつけました。
先生は話をされておられましたが、私が部屋に入っていくと、突然話を変えられました。
「今年の学年(前年は私も担当していた学年。3クラスありました)を担当した時、ある先生のクラスの子どもたちがえらく他のクラスの子たちと変わっていた。発表はみんなしたがるし、あれしたいこれしたいといっぱい言ってくる。最初は、なんてしつけのなってない子たちだろうと思った。しかし、よく考えてみると子どもってそんなもんじゃないか。その子たちってすごくうまく育ててもらってるんじゃないか」
おおむねそんな内容でした。もちろん私のことですね。
ありがたいことでした。
ほんとうに私は授業は下手だったです。でも子どもたちの表現は大事にしようとしていました。(表出性コミュニケーションと言ってもいいかもしれません)
たぶん、その点では、私は通常校・肢体不自由特別支援学校・知的障害特別支援学校・特別支援学級と態度は一貫していたのだと思います。
いい授業って何だろう2 授業中に○つけや事務仕事をすること 自立課題学習も
すっげえ大昔。
小学校担任だった頃。
はっきり言って、小学校担任としての私の授業技術は低かったです。それなりに一生懸命、研修や研究授業にも取り組んではいましたが。
尊敬する先輩はよく私に「授業はね、いい授業を見て、それから自分の授業を見て貰って、でいっぱい教えてもらうことだよ」と言ってました。ほんまその通りです。自分で実践し、その上で周りからご意見を頂く。
まあ、私も研究授業以外では見て頂く機会は作らなかったと思いますが。できれば進んでそういう機会を持つべきだったなあ、と思います。
たぶん当時の小学校の通常学級での授業のイメージはこんな感じ。(今はどうかわかりませんが)
国語の場合かな。
教師が前に立つ。みんなで本を読む。教師が板書。子ども視写。教師発問。子ども考える。いろんな意見が出る。教師は整理・まとめて板書。発問から板書までを3回ほど繰り返す。子どもその時間のまとめをする。
もちろん、漢字小テストやプリントなども入ることもあります。
様々な視聴覚教材も使います。
だいたい研究授業なんかだったらこんな感じかな。まあ直接にしろ間接にしろ子どもたちと関わり続けているか。
でもいろんな授業があります。
ある先輩。この先生もすごい先生です。子どもたちにわかりやすい授業をされてました。表情はたいてい口をへの字にして、ちょっと怖そうな雰囲気を出してはりましたが、まあ演技です。
ある時、こんなことを言われました。
「さっきの理科の時間(2時間続き)、子どもたちに実験させてずっと事務しとった(○つけしとった、だったかな)」
ああ、その授業見たかったな、と思いました。
その先生のおっしゃり方だと外部の人は怒り出すかもしれません。
しかし実のところその先生は理科の時間の前に準備してはります。機材の準備は時間に入ってから、音声言語の指示で子どもたちにやらせているかもしれません。それは子どもたちにどこに何があるかわかるからできること。そして板書かプリント・教科書などで実験のやり方を伝え、結果を予測させ、その後、グループ(たぶん6人グループぐらい)で「勝手に」実験させています。終わったら結果を書き、わかったこと考えたことを書くプリントも渡しているはず。
だからこそ、途中で事務仕事とか○つけとかやっても大丈夫なんですね。わからないこと、困ったことがあれば子どもたちは聞きに来るはず。
ほんとその授業、見たかったです。
これも大切な授業技術です。
で、もしサポートの必要なお子さんがいたとしたら、その間にサポートに入ることも可能です。って言ってもずっとついてなきゃなんないわけじゃないでしょう。できるだけ子どもだけでできるようにサポートすればいいのですから。まあ、そうなると事務仕事や○つけはできなくなるかもしれませんが。
これって、特別支援学校や特別支援学級の自立課題学習なんかも同じかもしれません。
先日ハルヤンネさんが面白いことを書いてはりました。
メルマガの感想(10月24日分)
この中で「ひとりでするやりやすいシステム」という名前に変えたら、と書かれてます。
なるほど「ひとりでできる」とか通常学級だったら「子どもたちでできる」ですね。
確かに「自立課題学習」は教師側の名付けですね。でもまあ、大昔、自立課題学習という名前を周囲の先生方は誰も知らず、仲間たちのホームページにリンクを貼りあって、何とか情報交換しようと思っていた時代がありました。今「自立課題」とか「自立課題学習」とかで検索したら、すごくたくさんのホームページがヒットするのに隔世の感があります。折角ここまで名前が広がったのだから、という思いもあります。
でも名前のつけかたが大事、ってのもあるなあ。
昔特別支援学校の学習の大事なカテゴリーが「養護・訓練」であったのが「自立活動」に変わって、新しく学ぶ教師の意識がだいぶ変わりました。(古い教師の意識は変わらなかったりする)
肢体不自由特別支援学校の「訓練」の時間が「動作の学習」などに変わって、これまただいぶ新しく学ぶ教師の意識が変わりました。(これまた・・・)
今で言えば「療育」これは「治療教育」という言葉が縮まったものだから、本来意味がおかしいのだ、という気もします。何かいい言葉があったらいいですのにね。まあ「教育」とか「特別支援教育」でいいのかもしれない。
で、そんな「ひとりでできる」や「子どもたちでできる」が広がったら、人手って、それほどやいのやいの言うほど必要でないかもしれません。ってか、できないことを無理にやらせようとしているから人手がかかるんでないか??
ちょうどそこらへんの話を、こないだハルヤンネさんも書いてはりました。
「な~んだ?」
だから私はこんな意見を書くわけです。
特別支援教育とお金
小学校担任だった頃。
はっきり言って、小学校担任としての私の授業技術は低かったです。それなりに一生懸命、研修や研究授業にも取り組んではいましたが。
尊敬する先輩はよく私に「授業はね、いい授業を見て、それから自分の授業を見て貰って、でいっぱい教えてもらうことだよ」と言ってました。ほんまその通りです。自分で実践し、その上で周りからご意見を頂く。
まあ、私も研究授業以外では見て頂く機会は作らなかったと思いますが。できれば進んでそういう機会を持つべきだったなあ、と思います。
たぶん当時の小学校の通常学級での授業のイメージはこんな感じ。(今はどうかわかりませんが)
国語の場合かな。
教師が前に立つ。みんなで本を読む。教師が板書。子ども視写。教師発問。子ども考える。いろんな意見が出る。教師は整理・まとめて板書。発問から板書までを3回ほど繰り返す。子どもその時間のまとめをする。
もちろん、漢字小テストやプリントなども入ることもあります。
様々な視聴覚教材も使います。
だいたい研究授業なんかだったらこんな感じかな。まあ直接にしろ間接にしろ子どもたちと関わり続けているか。
でもいろんな授業があります。
ある先輩。この先生もすごい先生です。子どもたちにわかりやすい授業をされてました。表情はたいてい口をへの字にして、ちょっと怖そうな雰囲気を出してはりましたが、まあ演技です。
ある時、こんなことを言われました。
「さっきの理科の時間(2時間続き)、子どもたちに実験させてずっと事務しとった(○つけしとった、だったかな)」
ああ、その授業見たかったな、と思いました。
その先生のおっしゃり方だと外部の人は怒り出すかもしれません。
しかし実のところその先生は理科の時間の前に準備してはります。機材の準備は時間に入ってから、音声言語の指示で子どもたちにやらせているかもしれません。それは子どもたちにどこに何があるかわかるからできること。そして板書かプリント・教科書などで実験のやり方を伝え、結果を予測させ、その後、グループ(たぶん6人グループぐらい)で「勝手に」実験させています。終わったら結果を書き、わかったこと考えたことを書くプリントも渡しているはず。
だからこそ、途中で事務仕事とか○つけとかやっても大丈夫なんですね。わからないこと、困ったことがあれば子どもたちは聞きに来るはず。
ほんとその授業、見たかったです。
これも大切な授業技術です。
で、もしサポートの必要なお子さんがいたとしたら、その間にサポートに入ることも可能です。って言ってもずっとついてなきゃなんないわけじゃないでしょう。できるだけ子どもだけでできるようにサポートすればいいのですから。まあ、そうなると事務仕事や○つけはできなくなるかもしれませんが。
これって、特別支援学校や特別支援学級の自立課題学習なんかも同じかもしれません。
先日ハルヤンネさんが面白いことを書いてはりました。
メルマガの感想(10月24日分)
この中で「ひとりでするやりやすいシステム」という名前に変えたら、と書かれてます。
なるほど「ひとりでできる」とか通常学級だったら「子どもたちでできる」ですね。
確かに「自立課題学習」は教師側の名付けですね。でもまあ、大昔、自立課題学習という名前を周囲の先生方は誰も知らず、仲間たちのホームページにリンクを貼りあって、何とか情報交換しようと思っていた時代がありました。今「自立課題」とか「自立課題学習」とかで検索したら、すごくたくさんのホームページがヒットするのに隔世の感があります。折角ここまで名前が広がったのだから、という思いもあります。
でも名前のつけかたが大事、ってのもあるなあ。
昔特別支援学校の学習の大事なカテゴリーが「養護・訓練」であったのが「自立活動」に変わって、新しく学ぶ教師の意識がだいぶ変わりました。(古い教師の意識は変わらなかったりする)
肢体不自由特別支援学校の「訓練」の時間が「動作の学習」などに変わって、これまただいぶ新しく学ぶ教師の意識が変わりました。(これまた・・・)
今で言えば「療育」これは「治療教育」という言葉が縮まったものだから、本来意味がおかしいのだ、という気もします。何かいい言葉があったらいいですのにね。まあ「教育」とか「特別支援教育」でいいのかもしれない。
で、そんな「ひとりでできる」や「子どもたちでできる」が広がったら、人手って、それほどやいのやいの言うほど必要でないかもしれません。ってか、できないことを無理にやらせようとしているから人手がかかるんでないか??
ちょうどそこらへんの話を、こないだハルヤンネさんも書いてはりました。
「な~んだ?」
だから私はこんな意見を書くわけです。
特別支援教育とお金
いい授業って何だろう1 小学校の造形の会で
これはブログテーマとしては「教育」かもしれません。
すっげえ大昔。
小学校担任だった頃。
私の学年。
学年主任は女性でそれほどお年じゃないけどめちゃやり手の先生。
この先生、授業すごかったです。
大学の教育学部とも提携して研究授業もやってはりました。(学校が、でなく、個人的にです)
指導案の指導部分はフローチャート。私なんか書けない。
授業前の研修に私も参加させて頂いたりして当日を迎えました。教科は社会だったか、国語だったか。学生もたくさん見に来ていました。
授業の中である女の子(成績はそう良くないはず。兄弟を担任したことがあるので、そこら辺りはわかります。しかし、その兄弟はクラスのリーダーになり、学校のリーダーになりましたが。成績はあまり良くなかった)が、発問に対し、すごく考え、電気工事の仕事をしている自分のお父さんに絡めた、ものすごくいい発表をしました。もう感動的で私はそれだけでこの授業は大成功だと思いました。
しかし、授業後の学生も参加している検討会では、学生たちが、何か重箱の隅をつつくような批判ばかりし、女の子の発表も否定的に取り上げていたか、無視だったかな。
あとでその先生に「学生って、何もわかってないもんですね」と言いましたが、先生はただ笑ってはりました。
ところで、その年の全校造形の会の時。午前中4時間ぶち抜きです。
我が学年は「楽器を持った先生」のテーマで絵を描くことになりました。
私は持ち込んでいたギターを抱えて、後ろの子からも見えるように、イスの上に乗り、背もたれの上に座りました。
1時間たちました。私は○つけや事務仕事がしたくなって「もう描けるやろ。先生降りてもいいな?」と子どもたちに言いました。子どもたちは
「あかん!」
・・・仕方がない。2時間目もギターを抱えて座っていました。2時間目が終わって尋ねると
「あかん!」
結局4時間目一杯座っていました。
後で、学年主任の先生に愚痴ると「私、十分でモデルやめて○つけしとったわ」と笑いながらおっしゃってました。
その日の放課後、体育館に全部の絵を掲示します。
驚きました。
もちろん、ひとりひとりのうまい下手はあります。しかし、クラス全体として見た時、私のクラスの子の絵は、どれもよく見ていてあたたかい感じ。
学年主任さんのクラスは全体として「お化け」でした。確か、個別に見てもあまり良い絵が無く、クラスの中での金賞・銀賞・銅賞を決めるのが難しかった記憶があります。
私は「へえ、こんなこともあるんだ」と思いました。
あっ、私は決して授業中に教師が○つけをしたり、事務仕事をしたりすることに批判的なわけではありません。そのあたりは次のエントリにしたいと思います。
私はただ「へえ、こんなこともあるんや」と思っただけです。
なんせ私はモデルをやっている最中は「困ったな。何とかならんかな」と思っていたのですから。
すっげえ大昔。
小学校担任だった頃。
私の学年。
学年主任は女性でそれほどお年じゃないけどめちゃやり手の先生。
この先生、授業すごかったです。
大学の教育学部とも提携して研究授業もやってはりました。(学校が、でなく、個人的にです)
指導案の指導部分はフローチャート。私なんか書けない。
授業前の研修に私も参加させて頂いたりして当日を迎えました。教科は社会だったか、国語だったか。学生もたくさん見に来ていました。
授業の中である女の子(成績はそう良くないはず。兄弟を担任したことがあるので、そこら辺りはわかります。しかし、その兄弟はクラスのリーダーになり、学校のリーダーになりましたが。成績はあまり良くなかった)が、発問に対し、すごく考え、電気工事の仕事をしている自分のお父さんに絡めた、ものすごくいい発表をしました。もう感動的で私はそれだけでこの授業は大成功だと思いました。
しかし、授業後の学生も参加している検討会では、学生たちが、何か重箱の隅をつつくような批判ばかりし、女の子の発表も否定的に取り上げていたか、無視だったかな。
あとでその先生に「学生って、何もわかってないもんですね」と言いましたが、先生はただ笑ってはりました。
ところで、その年の全校造形の会の時。午前中4時間ぶち抜きです。
我が学年は「楽器を持った先生」のテーマで絵を描くことになりました。
私は持ち込んでいたギターを抱えて、後ろの子からも見えるように、イスの上に乗り、背もたれの上に座りました。
1時間たちました。私は○つけや事務仕事がしたくなって「もう描けるやろ。先生降りてもいいな?」と子どもたちに言いました。子どもたちは
「あかん!」
・・・仕方がない。2時間目もギターを抱えて座っていました。2時間目が終わって尋ねると
「あかん!」
結局4時間目一杯座っていました。
後で、学年主任の先生に愚痴ると「私、十分でモデルやめて○つけしとったわ」と笑いながらおっしゃってました。
その日の放課後、体育館に全部の絵を掲示します。
驚きました。
もちろん、ひとりひとりのうまい下手はあります。しかし、クラス全体として見た時、私のクラスの子の絵は、どれもよく見ていてあたたかい感じ。
学年主任さんのクラスは全体として「お化け」でした。確か、個別に見てもあまり良い絵が無く、クラスの中での金賞・銀賞・銅賞を決めるのが難しかった記憶があります。
私は「へえ、こんなこともあるんだ」と思いました。
あっ、私は決して授業中に教師が○つけをしたり、事務仕事をしたりすることに批判的なわけではありません。そのあたりは次のエントリにしたいと思います。
私はただ「へえ、こんなこともあるんや」と思っただけです。
なんせ私はモデルをやっている最中は「困ったな。何とかならんかな」と思っていたのですから。