というのが、わたしの脳内委員会(?)の中にあるのですが。
創作活動をしていると、どれだけ注意を払ったつもりでも「ああっ!!」という瞬間があるものです。誤字脱字といった可愛いものから、言葉の意味の取り違えや誤用、慣用句の使い方の間違いなどなど。
それらは基本的に書き手のしてのボキャブラリー(誤字脱字については変換時の注意力不足)の問題だったりしますので、こういうのは日々の読書などで補うしかないわけです。
それと並んで多いのが、作中の記述の矛盾ですとか、引用した内容の間違い、実在するものを登場させたときの考証不足などがあります。
こういうのは、事前調査をしっかりしておくとか、設定に関することについてキチンと整理しておくなどの対策をしておけば大半は防げるのですが、それでもふと魔が差したようにやってしまうのですよね……。
後者のダウトの原因は大きく「事実誤認」と「失念」に分けることができます。
事実誤認の場合は「当たった資料が古かった」とか「考証するときに意味を取り違えた」などが挙げられます。「そもそも調査・確認不足だった」というのもありますね。
先日、「La vie en rose」の第3回でやらかして、後で慌てて訂正したのがこっちのケースでして。
主人公の熊谷が女性を送るシーン、相手の住まいを訊く場面があるのですが。
「家はどっちだったかな」
私は訊いた。警察時代の彼女の住まいは県警本部の近くだった。しかし、そこは辞めたのと同時に引き払っている。
「福岡と志免町の境の辺りです。空港の向こう側」
「ユニバ通りのほうか」
有紀子はうなずいた。
このシーンで登場するユニバ通りというのは福岡空港の東側、東平尾公園という小高い丘にあるスポーツ施設が集まっているところへ通じる通りなのですが(アビスパ福岡のホーム・スタジアム、博多の森球技場もここにあります)、これ、名前からお分かり戴けると思いますがユニバーシアード福岡大会の際に競技施設へ行くために整備された道路です。
が、このユニバーシアード、行われたのは1995年のことなのです。「La vie en rose」は91年の2月が舞台ですから、当時はこの呼称はなかったわけですね。
これはわたしが昔を舞台にしているのに現在のロードマップを見ながら書いたせいで起こったダウトなのですが、こういう時制の考証に関することはダウトが出やすいのですよね。
(第2回で熊谷が見る風俗情報誌についてもアップ寸前でダウトが発覚して、慌てて修正しているのですが。当時、風俗誌というのは今のように種類はありませんでした)
で、一方の「失念」ですが。
これはもう「作者自身が設定を忘れている」とか「登場人物が多すぎて、詳細を把握できていない」とか、どうにも言い訳のしようのないミスであることがほとんどです。定期的に読み返すことである程度は防げますが、気がついたときには物語がずいぶん先に行ってることも少なくありません。
修正不可能だと悟ると一気に書くモチベーションがなくなってしまうので、未完作品を生み出すファクターの一つでもあります。
むやみに登場人物が多い拙作「Left Alone」では特に注意を払っているつもりでしたが、実は今回、第86回でかなり大掛かりなダウトを出してしまいました。
主人公、真奈が先輩モデルの留美と連れ立って椛島のアパートを訪ねるシーン、留守を受けて帰ろうとするところで真奈がその夜、事件の関係者が働いているホストクラブに行くつもりだと言うのです。
それに対して先輩モデルは呑気にも「その双子のホストって、そんなに危ないの?」などと訊いているのですが。
冷静に思い出すと、真奈にその関係者の存在を教えたのは他ならぬこの人でした。(爆)
もう、完全に設定を忘れてしまってましたね。
この留美とかノン、武松俊(シュン)、その共通の友人である宮下(再登場の予定はないですけど)、そして渡利純也とその仲間たちというのはかなり入り組んだ知り合い関係なので、「えーっと、コイツとコイツは友だちで、コイツとは仲が悪くて……」などとこんがらかってしまっています。
もちろん、すべては言い訳でしかないのですが。
そんなわけで第86回の該当の場面は改稿をしております。
前後関係には大きな違いはないのですが、第91回以降での人間関係がちょいと変わってきますので、よろしければ下の改稿部分をお読み戴いて、記憶の差し替えをお願いする次第です。
――――――――――――――――――――
(改稿版)
「どうせ、夜には中洲に来る用事がありますからね」
アタシは歩きながら、夜に入れている予定を話した。
「ねえ、本気でヤスとカズと逢うつもりなの?」
留美さんの表情は硬くなっていた。
考えてみれば、双子のキックボクサーの存在を教えてくれたのはこの人だった。当然、その人となりも知っているということになる。
この後、できれば午後九時ごろに、アタシは倉田和成と康之の双子が働いているというホストクラブに行ってみるつもりだった。
和津実を殺したのが権藤康臣であるかどうかは、今のところハッキリしたことは言えない。
しかし、いずれにしても和津実が死んだという事実は、彼らに(そして、もう一人の守屋卓にも)少なからず影響を与えているはずだった。
もし和津実が殺される理由があるとするなら――しかも、あんな惨たらしい方法で――三年前に彼らが関わっていた事件以外には考えられない。彼らもそう考えるはずだ。いくら膨大な借金を抱えていたしても、和津実がそれを苦に自殺するようなタマではないことは、彼らが一番よく知っている。
揺さぶりをかければ何かが転がり出てくる可能性は充分にあるはずだ。出たとこ勝負の誹りは免れないけど、それがアタシの目論見だった。
「素直に話すとは思えないんだけどな」
留美さんの声は暗かった。
「確かにアタシは渡利を殺した刑事の娘ですからね。あんまり友好的な雰囲気じゃないかもしれないです」
「だったら、やめといたほうがいいんじゃないの。わざわざ、危ない目に遭いにいくことないじゃない」
「でも、突っついてみないと何が出てくるか、分かんないじゃないですか」
「ヤブヘビだったら?」
「そのときは……ヘビ退治するしかないでしょうね」
「そういう腹積もりなわけね」
留美さんは芝居がかった大きなため息をついた。頭痛のように顔をしかめて、無造作な感じで頭を掻いている。
「ところで真奈ちゃん。一応訊いてみるんだけど、ホストクラブに行ったことあるの?」
「ありませんけど」
「じゃあ、あたしも着いてっていい? 一応、ホストクラブ経験者なんで」
「経験者?」
「そう。常務のお供で何回か、ね」
「へえ……」
しかし、さすがにその提案はあっさりとは飲めなかった。椛島の部屋も事と次第によっては充分に危険なところだけれど、それでも、まだ昼間で周囲の住人の目もある。いざとなれば大声で助けを呼ぶことだってできる。
しかし、夜の中洲ではそういうわけにはいかない。特に店の中に入ってしまえばそこは密室なのだ。
「一人で行きます。和津実のことだってあるのに、留美さんまで危険な目に遭わせたらアタシ、留美さんのご両親に――」
「ちょっと待った」
留美さんはアタシの言葉を遮った。
「あのさあ、真奈ちゃん。だったら余計に一人じゃ行かせられないよ。多勢に無勢って言葉、知ってる?」
「知ってますけど……。でも、店の中には他のお客さんもいますし、そんなにムチャなことはできないと思うんですけど」
「お酒にクスリとか混ぜられたらどうする?」
「それは――」
そういう危険もまるでないわけではなかった。
「いい、真奈ちゃん。自分が女の子だってことをもうちょっと自覚したほうがいいよ。それでなくても相手は飢えた狼なんだから」
「誰もアタシなんか襲いませんよ。留美さんとか由真ならともかく」
「ウチの社長の目は節穴じゃないのよ。男がその気にもならないような娘、バイトなんて今までなかった契約で雇ったりすると思う?」
留美さんはアタシの顔を覗き込んで、もう一度、盛大なため息をついた。
「何をするにしても、一人を相手にするよりは二人のほうが手間がかかるわ。それにあたしは曲がりなりにも顔見知りだし、第一、真奈ちゃんはあの二人の顔、知らないでしょ」
確かにそうだった。源氏名を使っていれば名前では分からないし、同じ顔のセットを探そうにも倉田兄弟は二卵性だったはずだ。
「そんなことより、変な手段に出るのを躊躇わせるだけでも、あたしが着いていく意味があると思うけど。違う?」
アタシは留美さんの顔を見た。
「違わないです」
「でしょ?」
留美さんは得意げにウインクした。アタシは苦笑いを浮かべるしかなかった。
――――――――――――――――――――
(改稿前)
「どうせ、夜には中洲に来る用事がありますからね」
アタシは歩きながら、夜に入れている予定を話した。
「ねえ、それってマジ?」
留美さんは表情を一変させていた。ニヤニヤと面白がるような人の悪い微笑。普段はクールなこの人がやると余計にいやらしく見える。
この後、できれば午後九時ごろに、アタシは倉田和成と康之の双子が働いているというホストクラブに行ってみるつもりだった。
和津実を殺したのが権藤康臣であるかどうかは、今のところハッキリしたことは言えない。
しかし、いずれにしても和津実が死んだという事実は、彼らに(そして、もう一人の守屋卓にも)少なからず影響を与えているはずだった。
もし和津実が殺される理由があるとするなら――しかも、あんな惨たらしい方法で――三年前に彼らが関わっていた事件以外には考えられない。彼らもそう考えるはずだ。いくら膨大な借金を抱えていたしても、和津実がそれを苦に自殺するようなタマではないことは、彼らが一番よく知っている。
出たとこ勝負の誹りは免れないけど、揺さぶりをかければ何かが転がり出てくる可能性は充分にある。それがアタシの目論見だった。
「ところで真奈ちゃん。一応訊いてみるんだけど、ホストクラブに行ったことあるの?」
留美さんは不意に真顔に戻った。
「ありませんけど」
「じゃあ、あたしも着いてっていい? 一応、経験者なんで」
「……経験者?」
「そう。常務のお供で何回か、ね」
留美さんは悪戯っぽく笑った。
しかし、さすがにその提案はあっさりとは飲めなかった。椛島の部屋も事と次第によっては充分に危険なところだけれど、それでも、まだ昼間で周囲の住人の目もある。いざとなれば大声で助けを呼ぶことだってできる。
しかし、夜の中洲ではそういうわけにはいかない。特に店の中に入ってしまえばそこは密室なのだ。
「一人で行きます。和津実のことだってあるのに、留美さんまで危険な目に遭わせたらアタシ、留美さんのご両親に――」
「ちょっと待った」
留美さんはアタシの言葉を遮った。
「その双子のホストって、そんなに危ないの?」
「どんな奴らかは分かりませんけど、渡利の取り巻きだったような連中ですからね。それにアタシは渡利を殺した刑事の娘ですし。あんまり友好的な雰囲気じゃないかもしれないです」
だから留美さんを連れてはいけない。アタシはハッキリそう言った。
留美さんは頭痛のように顔をしかめて、無造作な感じで頭を掻いていた。
「あのさあ、真奈ちゃん。だったら余計に一人じゃ行かせられないよ。多勢に無勢って言葉、知ってる?」
「知ってますけど……。でも、店の中には他のお客さんもいますよ。そんなにムチャなことはできないんじゃないですか」
「お酒にクスリとか混ぜられたらどうする?」
「それは――」
留美さんの言うように、そういう危険もまるでないわけではなかった。
「いいこと、真奈ちゃん。自分が女の子だってことをもうちょっと自覚したほうがいいよ。それでなくても相手は飢えた狼なんだから」
「誰もアタシなんか襲いませんよ。留美さんとか由真ならともかく」
「あのね、ウチの社長の目は節穴じゃないのよ。男がその気にもならないような娘、バイトなんて今までなかった契約で雇ったりすると思う?」
留美さんはアタシの顔を覗き込んで、盛大なため息をついた。
「何をするにしても、一人を相手にするよりは二人のほうが手間がかかるわ。変な手段に出るのを躊躇わせるだけでも、あたしが着いていく意味があると思うけど」
アタシは留美さんの顔を見た。留美さんはしばらく真顔でアタシの目を見返してから、ウインクしながら「ねっ?」と囁いた。アタシは苦笑いを浮かべるしかなかった。
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