(洋画)スタンドバイミー | ゲイが語る映画の感想とクローズドゲイの日常

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溺愛旧作シリーズ①「スタンド・バイ・ミー」 | 本日は映画日和〜時々 ...

 

スティーブンキングの小説の映画化。非ホラーと言われているが、セリフと原作を念頭に置くと、彼らのその後の人生においての伏線がたくさんあります。映画では濁しています。

 

 

 

そうそうたるキャスト陣。 キーファーサザーランドやリヴァーフェニックスはもちろんこの映画での存在感は突出しているが、ジョン・キューザックが兄役だったのかと見返してみて気が付いた。 「スクリーム2」で殺されるシドニーの恋人役のジェリーオコネルはスクリーム2の主演の際にかなり驚かれていたような気がします。あのバーンがこんなハンサムになったのか?ってね。それももう23年も前の話なんですが。

 

 

 

よく考えると、30キロを子供の足で2日で歩かせる設定って結構厳しい話ですよね。しかもその目的は、死体を見に行くこと。子供が死体と接する機会なんて限られているので、好奇心で向かう気持ちは分かりますが、かなり生々しいものを見てしまうのはトラウマになりかねません。3日前に行方不明になっている少年なので、2日くらい放置されているとすると、すでに腐食しているかと思うんですが、バーンの兄貴はなぜそのことを知っていたのか?と言うのは興味があります。 一人で行ったわけじゃないのかな?

 

 

 

映画では、バーンとエディのその後はまだ生きているような表現をしているのだが、原作ではクリスも含め死んでしまっている。 人づての話なので確証はないのだが(映画、小説もろとも) 予言と言うか不思議なセリフを話しているんですよね。

 

 

 

ソーセージは?自分のあるだろう? 

 

ふとっちょバーンは、野宿をする際にソーセージの焼き方に固執するあまり、自分のソーセージを焚火の中に落としてしまう。 何を食べればいいんだ!と言うバーンに「ソーセージは?自分のがあるだろう?」と言われる。 彼はのちに火事で死亡する。

 

不吉な前兆

 

コインが全て裏返しになるのは不吉な兆候だというバーン。 まさしく、この信心深くて、注意深い彼が火事で死亡するという結末はどうも納得いかないのだが、注意深すぎて、何かにとらわれてしまったのだろうかと思います。

 
あいつは長くは生きられない
 
テディはその正反対の性格で、突撃隊のような性格である。「あいつは長く生きられない」という言葉がぴったりそのまま、交通事故で死んでしまう。映画では刑務所暮らしだと語られている。 ただ同時に「大人になってもガキのままだよ!」ってセリフも投げかけられているので、そこは映画の結末を連想させる。 耳と目のせいで軍隊に入れなかった。というのは彼のアイデンティティをひどく傷つけたに違いない。
 
ミルク代横領の教師の話
 
不良とみられていたクリス。実際に盗んだミルク代ではあったが、教師に返却をした。善い行いをしたはずなのに、3日間の停学処分となった。クリスは教師が横領していたことに気づいていたが、自分のこれまでの立場を考えると誰も信じてくれない。という所からの弁護士を目指すきっかけとなった。原作では法学生の時に死んでしまうが、映画では弁護士になっている。 もちろん、彼の死亡記事を読んで、この物語を思い出すのであり、学生の身分のままでは新聞で扱われるのは小さいだろうという改変だったと思う。
 
 
そんな劇的な変化を迎えた3人とは違って、コーディは子供のころからの夢であった作家になることを実現している。あの思い出の12歳の夏、その前の春に起こった兄の死においても十分思い出してしまったことだろうと。 
 
 
 
そのエピソードの中で唐突にコーディと鹿の出会いが出てくるのですが、彼にとっての友人にさえ秘密にしておきたいものというものの暗示かと思います。他愛のないものではあるものの、小説家らしい書き方だなって思いました。本当に出会ったかどうかではなく、唯一無二の友人たちとの貴重な体験をした日の出来事というのはこれまで小説家として成功してきたコーディでさえも題材にしてこなかった自伝的な小説であり、そしてそれを読者に対して伝えることで、この作品が特別であるというキーワードのようにも思えます。