家族と向き合う度に消費される何か | ゲイが語る映画の感想とクローズドゲイの日常

ゲイが語る映画の感想とクローズドゲイの日常

映画の感想が主ですが、たまにゲイアプリでの出会い報告もやってます。その時は(ゲイ話題)と書きますので、ゲイに対して理解のない人には、そっとページを閉じてくださいね。

普段は、別にどうでも良い。自分がゲイであろうがなかろうが、気にすることなんて一つもない。




「彼女は?」とか「結婚してる?」とか言われるのも、他人様なので、冗談を言う事でも構わない。




ただ、親戚が一堂に会する場合は、やはりその重みは大きい。結婚の話、子供の話で持ちきりなので、もちろん同じテンションで聞かれる。



まだ30代じゃないか。40代で嫁さん貰うのなんかいくらでもいる。



これは20代の時も言われた。次はお前だな。とも




そして聞かされるのは、親族の系譜とどこの家族が〜だとかたわいもない話。 〜の父親が蒸発したとか結構プライベートな話でも盛り上がって家族の絆を深めてるのかなと。




なにか親族で集まって居ても、僕の居場所はここには無いのではないか?とさえ思う。ふと辺りを見回すと、僕がバリアを張っているおかげで、会話の中心が遠ざかって行く。 そして僕はいつも以上に孤独を感じている。




誰かにこの気持ちを共有できればとさえ思う。ただ、それが誰なのかは分からないまま、みんなが年を取って行く。




90近い祖父にも、彼女はおらんのか?と聞かれる。 好奇心と言うよりは義務のような言葉で。




祖父は、ホームに居るので葬式には参列しなかった。誰の葬式のために親族が集まって居るのかさえ知らない。痴呆が進んできてはいるものの、勘ぐってはいると思う。こんなにも親族が会いに来るのは、誰かに何かが起きたのかと。



親族は、そんな祖父には知らせないでいようということになっている。 誰かの訃報を聞くや否や、精神的にまいってしまう事を恐れて。




みんなで嘘を並べて、祖父を勇気付けている姿を見て、僕はずっと涙を流していた。そんなにも隠さなきゃいけない事情を僕の今の状態を重ね合わせてしまって。 僕は嘘をつきたくなくて、黙っていた。 これで最後になるかもしれないのに、面と向かって自分がなんなのかさえ言えないのに。



でも、言わなきゃいけない時はやって来るんだと思う。この状況は東京では味わえない特別な感覚。