久しぶりに美術館に行ってきた。
本当に子供を連れて行かなくてよかった。
まず人の多いこと。しかも年寄り。
当然か。
最初の数点はまじでやられたと思った。明治あたりの作品が数点、
こっちが望んでるのはそんな若いものじゃない。
でもすぐに平安あたりの作品に。
ほっと一息。
ここからは自分好みの作品を羅列。
まずipodから流れるのをtranceに。やはり異次元の神の世界を感じるにはぶっ飛んだものを。
馬頭観音(7)はアフロ的な髪型のアプローチ。平安のものだが斬新。
馬の頭を模したものをヘアバンド的なものにつけている。
※()数字は作品につけられた番号
普賢延命菩薩像(8)の乗っている象、なぜか牙が3本生えている。
そしてハイライトがいきなりやってくる。
一字金輪像(11)の光背の一部が完全に虹色にうねっている。
まさにLSDだ。
ただしこれは鎌倉時代のもので、LSDが生まれるのはまだまだ数百年先のことだ。
次は菩薩立像(22)、平安のもので、体がだいぶふくよかなラインで構成されている。
なんだかぐっとくる。
像は一木、台座も一木、それを雑なはめ込みで組み合わせている所に、あまり見られない良さがある。
つま先もなぜだか半分くらい切れている。
次の絵巻は異常に並んでいるのと、基本的に興味がないので(百鬼夜行なら別だが)何も見ずすっとばす。
次は屏風絵なのだが衝撃的なのがひとつ。松に麝香猫というモチーフの狩野派のもの。
まず麝香猫が半端ない。さっき書いた象もそうだけど、なぜか実在のもの、あとに出てくる虎もそうだけど、
そっちの方が龍よりよっぽどリアリティがない。
猫は子供があの猫怖いといってました。
確かに猫というより、化け猫に近い表情。その上、松と組み合わせる突拍子もなさ。
松にとまる鳥の精緻な描写に比べると、本当に怖い。飾ってあるけどトンデモ系だ。
そのあとは着物と刀。
着物は自分が着たいものという視点でしか見ないので、まず女物しか飾られないからNG。
刃物も正直怖い。
よってほぼスルー。
次は芥子図屏風(54)。金屏風の下の方に芥子がばらばらに並んでいる、斬新な配置。
でも説明を見た感じ(うる覚えなので間違いかも)加賀藩という文字をみたせいか、
単純に空白を埋めなかったのは、金アピールかと。
松島図屏風(55)は波のうねり、島の形の荒っぽさがぐっとくる一品。
鸚鵡図(56)は鸚鵡はしっかり書かれているが、鸚鵡が止まり木にしているものが派手すぎて、なんなのか良くわからない。もし本当にあんな止まり木だったのなら、笑える。
次の16羅漢図(57)。テーマとしてなんも面白くないので、すっとばそうとしたけど、線が違う。
おかしいと思ってもう一度見てみると、伊藤若冲のものだった。
単純に力がある。
次の衝撃は西欧王侯図(58)。何がすごいかといったら日本の道具を使って、西欧の絵画を復活させている。
油絵具かと思うようなタッチ。
浮世絵のように日本人は少し誇張し、図鑑もの以外はあまり精密な絵を書きたがらない、というか書けないのかなと思っていたけど、全然そこは違っていた、という事実。
写実性を排したところに今まであったはずが、西洋絵画をそのまま持ってきた日本画に出くわすとは。
この展覧会の中で出会った、もしくは今まで出会った日本画とは全く別の感動を味わった。
そして曽我しょう白。タッチが諸星大二郎だなと(本当は逆だけど)思うもの2点ほど。
朝比奈首引図(64)は鬼と首の力を縄でお互いの首を縛って引っ張り合って、試すという図柄。
いろいろ無茶があるけど、なぜか鬼には石が結び付けられており、朝比奈は相当な力がある模様。
その辺の話にうといので、読み物としてその辺の伝承は面白そうだ。
最後は雲龍図(62)。圧倒的。
先ほども行ったが龍の方が不思議とリアル。

ともかく人特に年寄りが多く、距離感がめちゃくちゃ。
前にテレビで見たが、歳をとると自分の空間、人の空間という距離感がなくなり、異常に近いなということがあるのだそう。今日もガンガン当たられました。
そして本当に見ているのか、感動しているのかという疑問。
ブームに乗ってきているという人間があまりに多くないか??
無理してこなくていいのに。安くないし。
みんなは何を見に来ているのか不思議に思う。自分は主に神仏・神獣関係がメイン。なかなか日本画は感情移入がしづらいと自分は思うけどなあ。
そして何度も書いてるかもだけど、あの写実性の不思議なブレ。鳥の丁寧な書きっぷりからすると、猫や虎のなんと雑なことか。虎も象見たことないにせよ、じゃあ何をもとに書いたんだと。
3本牙を持つ象の絵が若冲の象の絵とほぼ変わらないということは、若冲すらもそこを進歩させていない。
1000年は経っているのに、象は牙の本数が3本から1本に減っただけ。
まあ日本にいなかっただけか。
あとは作品の見方が非常に気になった。
本来仏画、仏像などは奉るものなので、遠くから見るべきものという考えが私にはある。
ただ展覧会だとt手が届く位置に配置されており、さらにその協会を超えるべく、変な宝石商みたいな望遠鏡みたいなやつで覗いてみたりしている奴がいる。
距離感が違っていて絵によって近づくもの、むしろ遠のくもの、それは絵の大小によって選ばれるものではなく、その描いた人の見せ方によるべきである。
なんでも近くから見てるけど、今回の展覧会のものはむしろ3Mは距離が必要なものばかりだったと思う。近づいてみるのはその後だ。
そう考えると日本の美術館は非常に狭い。
自由な見方がなかなか難しい。自分は自由なので、勝手に距離も時間も使ってみたけど、距離は周りの人と立ち位置が変わるし、時間は見たいと思っても押し流されるしで大変だ。

美術品の見方というものを気づくと教わったことがない。
特に距離感を。西洋美術に対してこういう技法が、という話しか聞いたことがない。
美術を教えるのであれば見方を教えないと。見方がわからなければ、受け手に対してどう書くかもわからない。

ともかく久しぶりに興奮した。
こんなことなら歌川国芳も見に行けばよかった。



今の日本にあの頃のオリジナリティーがあるとは思えない。もし村上隆がそれだというなら、もう終わりだ。

書を捨てて展覧会に行こう。
一見の価値アリだ。
新日が最近集英社から出してるDVDシリーズ。妻が誕生日プレゼントにくれました。
一番最初に収録されているのが、猪木vsホーガン。
「人間不信」で有名なあの試合です。
まずホーガン、解説の中で145kgあると小鉄(?)が言ってました。
試合をみると今のWWEの試合と違ってきちんと日本式。さすがにでかいので少々荒いですがアックスボンバーとかぶつけ合う技だけじゃなく、レスリング部分もできるところが新鮮。
実際にはみんなWWEの選手もできるんだろうけどTVではハイライトしか流さないので、ということにしておこう。この話はまた長くなる。
解説もやはりすばらしい古館節。小鉄の解説も有無を言わさずリング上の戦いをがちがちのものに作り上げる。
猪木のドロップキックが浅く当たり、もう一発かましたところどう見ても当たっていないのに、ホーガンがなぜかリング下に落ちて行ったシーンで、「ホーガンは間を作りました」的なことを言っている。
戦略上落ちて行った、要するに受け誤って大げさに落ちて行ったわけじゃない、意味のあるリング下への落下という世界観が180度違う意味に変わっていく。
どきどきする。
みんなで作り上げる世界観。
最強の男たちがまさに命を削って戦いを繰り広げている、その下地をもって盛り上がる蔵前国技館の観客たち。
鳴り響く猪木コール。
みんなの本気度合いが今の会場とだいぶ違う感じがする。観客も殺気立っている。
猪木がやられ反撃を待ち望む猪木コールは本物の悲鳴に近い。
そして第一回IWGPは大団円と向かいホーガンとの協力作業で進んできた。悲鳴・歓声・怒号、多くのものを意のままに操りながら猪木だけが一人蔵前にいるすべての人間を裏切る行為に入りだす。
2発のアックスボンバー。
リング下で放ったそれは猪木の後頭部を遅いコーナーポストに額を打ち付ける。ただしこれはどう見ても控え気味で、むしろ行くならもっといけよという感じ。
その後リングに上がったホーガンはリングに上がろうとする猪木のもう一発放つ。
ここで試合は終わってしまう。
猪木が立ち上がらないからだ。
なぜか10人近くいる新日セコンド陣(木村や坂口、懐かしいのでは亡き剛竜馬など)が猪木をリングに押し上げる。
通常の試合ではありえないことだ。プロレスとはいえ1対1の勝負に介入することは許されない。
その上にリングに上げてもまだ起き上がらない猪木を坂口がかなり本気で顔を張っている。
ホーガンはその不穏な空気を振り払うように観客をあおる。
何の反応もない猪木を見かねてレフリーのミスター高橋はゴング。
高橋に何事かをいうホーガン。
筋書きと違う結果を招いたホーガンは予防線をはったか?
あいかわらずピクリともしない猪木。
さすがに普通に心配になる小鉄。リングに上がる。
観客は不可解な試合終了にみな立ち上がり今にもリングに上がってきそう、下手すると暴動に。
自然発生する猪木コール。立ち上がれ!!
しかしそれを抑えるホーガン。筋書きと違う事態に逆に本当のダメージだと信じてる。
静まる会場。
リングの上ではドクターが何かをしている。
解説の小鉄はリングに上がり、しばらくするとなぜか上半身裸に。乱入しようとする観客を黙らせたのか。
星野勘太郎の姿も見える。体が全然でかい。
そして中継の終わりを告げる古館の声。
坂口の本気の張り手がすべてを物語っている。
「人間不信」の文字を残ししばらく姿を消した坂口。
猪木の作り出した壮大なドラマに世間のどれだけの人間が熱狂し、そしてこの日の結果に落胆したことだろう。
作り物と宣言してしまったWWEではこの熱は生み出せないだろう。
PRIDEのリングはなくなった。
この時代猪木は世間を相手にとんでもない仕掛けをかましていた。
そして今誰もできるものはいない。
ともかくこの試合のというか試合後のいびつさは必見です。
ドラマを久しぶりにしっかり見てます。
テレ東の金曜深夜、ここが噂のエルパラシオ。
貧乏女子プロレス団体の話。
プロレスを知ってる人には中身をしっかり描いていて面白い。
知らない人にもプロレスの基本をきちんと描いているし、団体運営のしんどさもきちんと描かれてるし、
楽しめる内容になっている。
過去のものがホームページにUPされていて見れるみたいなので、時間に余裕のある方は見てください。
技もスローで見れるようになってるし見る価値ありです。