聖火リレー | 小早川秀秋日記 ~ボクはここにいる~

小早川秀秋日記 ~ボクはここにいる~

古戦場の町関ケ原の史跡ガイド・観光案内・歴史語り部の関ケ原組創設者関ケ原おもてなし武将小早川秀秋。
2018年3月をもって一旦関ケ原を去りました。(2017/11/22日記参照)
関ケ原組からの嫌がらせと脅迫により現在定期活動はしておりません。
※写真の加工・無断転載禁止

聖火りれーなるものが関ケ原を通ると去年知った。
そして延期した。
それから一年。こんな流れの中、昨日岐阜県入りをし、本日午後関ケ原を通りました。

ぱらぱら降っていた雨が出発の刻に近づくにつれ重くなる。
始まる頃には大雨だ。
このところ暖かく、桜も早く咲いてしまったので今日はもうなかった。

さっっっむ!!
え?ちょっと寒いんですけど。
昨日までのぽかぽか陽気は何処へ行ったの?

取り敢えず笹尾山へ行けば真田丸の石田三成こと山本耕史殿が観られるかな~と笹尾山を目指す。
そもそも聖火というものがよく分かっていない。
なんかふわふわした形がはっきりしない朧気な存在。
自分の目で見たら理解出来るかな~と思って。


12時。ふむふむ先着順で笹尾山麓の敷地へ入れるのだね。まだ数人しかいないし並んでおくか。
笹尾山からは催しの練習の音が聞こえた。
ここで聖火に併せて催しもやるんだ。みにせれぶれーしょん?何語?へー

・・・

あ、駄目だ。無理。
このままだと倒れる。
死にたくなるくらいまで追い込んだ人の声が舞台から聞こえた。
何年にも渡って陰湿な虐めをしてきた人たちの声が聞こえた。
ボクらが作ったものを奪った人たちの声が聞こえた。
集団で嫌がらせして、人を追い詰めて、脅迫して、聴こえなくなるようにして、勝ったと笑っている人たち、虐めの主犯が『聖火リレー』というものに関われるんだな。
無理。

撤退。

結局ちょっと離れた木の陰、音が聞こえない場所から観ることにしました。
笹尾山近いしこの辺なら山本殿通るかな?


兎に角寒い。
これは観る方も走る方も寒さとの戦いだ。気力の勝負、根比べ。
隣に小学生かな?小さな子が居たがちょっと泣いていた。
雨がどんどん強くなる。
雨のお陰で人が少ないのかもしれないが天に嫌われた感じがする。

14時。暫くすると大きな音を鳴らした鉄駕籠やぴかぴか光った鉄駕籠が通った。
遠くで走る人が変わった。何人関ケ原を走るんだろう?そういえば知らないや。
ボクの前を聖火を掲げた学生さんくらいの人が通って行った。
りれーというけど物凄くゆっくり走るんだね。歩いているのと変わらない速さだ。
こんな大雨なのに何故あの火は消えないのだろう?不思議~???




後ろから何人かの声がした。
やまこーさん笹尾山だけ?走らないの?観れないじゃん。

ありゃ~…そういうことか。
先着順の笹尾山麓の敷地に居る人だけ見える所で聖火が山本殿に繋がれ、彼は笹尾山へと登って行った。
一般は麓までで山頂へは行けない。
つまり先着順の敷地に居ないと山本殿は観られないということだ。

まぁいいか。
でも山本殿目当ての方は配信の方が良かったね…



聖火が通るというのはとても珍しいことだと聞いた。
きっともっと多くの人がこの地に来て自分の目で見たかっただろう。
こんなご時世だから多くの人が我慢したのだろう。
今この瞬間にも戦っている人たちがいる。
この火は夢とか希望とか祈りとか色々な想いが詰まっているのも聞いた。
善いのか悪いのか何とも言えないな…

が、自分の目で見てその後ろにあるものを感じた。
んー……これは……


貴重な体験だったのだろうが正直素直に喜べないものでした。



夜にお話会があったのですが、券が無いので聞けなかった。知った時には申込み終わっていた…orz
山本耕史殿が関ケ原の観光大使に選ばれたんだってね!!
これから何度も関ヶ原に来てくれるのかな。