パンクロックは好きかい? -74ページ目

パンクロックは好きかい?

音楽中心ばってん、内容てきと〜〜!

今日、富士山が爆発する夢を見た。でもなぜか花吹雪だった。

今日は昨日の続き。
Sex Pistolsジョニー・ロットンが新しく作ったバンドPublic Image Ltdについて書くばい。

デビューは1978年。ピストルズ脱退して1年立たずして結成。バンド名、Public Image LtdのLtdは、ここでは会社という訳ではなく限界って意味らしか。
そう、パンクのアイコンとしての限界だったり、そういったイメージからの脱却ってことなんだろうね。

ばってん、1stアルバム「PUBLIC IMAGE」は反応悪かったらしく、当時まだまだパンクの勢いは止まっとらんし、あのジョニーがなんでこんな音楽なの?って感じだったんだろうね。(あ、ジョニーは名前を本名ジョン・ライドンに戻しとるよ)

そういう俺も、最初聴いたとき「なんじゃこりゃ。全然かっこ良くなか」って思った。学生の頃はほんといわゆる当時のパンクしか聴かんかったけん。
ばってん、高3の時あたりから色んな音楽聴くようになって、そんときにセカンドアルバム「Metal Box」を聴いた。
「なんじゃこりゃ~~~!!! ま~ごつ(凄い)かっこ良か~~~!!!」

Public Image Ltd. - Death Disco



金属的な音を出すギター、地を這うようなベース、そこにきちがいじみたジョンの声。ほんとかっこ良かった。
俺はその辺りから色々調べだして、ジョンが影響受けていただろうレゲェ・ダヴ、CANを始めとするジャーマンロックとか聴くようになったと。

Can - Vitamin C



ボーカルのダモ鈴木、かっこ良か~~

Public Image Ltdだったり、The Clashのギタリストが作ったバンド、Big Audio Dynamiteだったり、ジャーマンロックの影響は2000年代に出とると思うばい。
ジェームス・マーフィー率いるDFAレコードレーベルから出てきたミュージシャンとかね。本人がやっとる、LCD Soundsystemだったり、The Raptureだったり。

The Rapture - House of Jealous Lover



で、Public Image Ltdを聴き始めたあたりから「パンクってなんだろ?」って思い始めた。
Tシャツ破って、安全ピン刺して、髪の毛おっ立てて、で、ただ暴れるだけなんだろうかと。。

んじゃ今日はこのへんで。毎日長い文章でごめんね。
ならね~
ジョージアの懸賞で手袋当たった!いぇい:)

昨日に続いて今日書くのはSEX PISTOLS
これは俺がとにかく大好きなバンド。ほんと衝撃受けた。
その中のボーカル、ジョニー・ロットン中心で書くばい。

1976年に結成され、1977年に1stアルバム「Never Mind the Bollocks」をリリース。このアルバムはほんと究極にポップアルバムだと思っとるよ。名盤です。

ライブをやる会場からは閉め出され、ライブする会場がなくなっても、それがまた話題を呼び、Sex Pistolsを始め、The ClashThe Damned等筆頭にとんでもないパンクムーブメントをイギリスに引き起こし次々とパンクバンドを生み出した。その当時のイギリスの閉塞感とも繋がっとるんだろうね。

それまでのイギリスのロックはどんどんと大げさになっていき、ミュージシャンとファンとの間にギャップが生まれとったのかな。パンクは音楽(ロック)を自分達の手に戻したと言ってもいいかもね。

それでこのムーブメントを体感しとったティーンたちが、また80年代以降もイギリスでどんどんバンド作っていったとたいね。

Sex Pistols - Bodies



ピストルズに関しては究極のパンクアイコン、シド・ヴィシャスが有名。そりゃかっこよかもん!シドについても色々書きたかばってんまたの機会に。

でも1978年1月、アメリカツアー中にジョニー・ロットンが「騙された気分はどうだい?」とラストライブで言い残し脱退。そんで事実上の終焉。

まぁ、ピストルズに関してはプロデューサー、マルコム・マクラーレンの力がでかかったと思うばってん、それを超えていたのがジョニーだったと俺は思っとると。
知的でウィットに飛んだ発言。ムーブメントの中心にいるにも関わらず冷静な分析力。まぁ、ひねくれもんばってんね:)

このあとジョニーPublic Image Limitedを結成するばってん、その話は次回に。

ならね~
花粉症の季節が近づいてきとる。。

今日から、ちょいとパンクについて書いてみるばい。
最後の回で俺の考えを伝えるとして、最初から数回は好きなバンドとかの紹介兼ねて書いていきやす。
興味なか人は読み飛ばしてね:)

まず最初はTHE CLASH
その中のボーカル、ジョー・ストラマー(以下ジョー)にスポット当ててみるばい。

イギリスのパンクが誕生したのは大体1976年。
ボーカルのジョーは当時101ersつってパブロックバンドやっとった。
ある夜SEX PISTOLSを従えてライブやったとばってん、ジョーはそのパフォーマンスに衝撃受けてすぐTHE CLASHを結成したと。

サウンドは自分たちの好きなレゲェ・ダヴ、スカ、ロカビリー等惜しげもなく取り入れてアルバム毎に変貌していったばい。3枚目の「ロンドン・コーリング」は多種多様なサウンドが絡み合って名盤。

London Calling / Safe European Home



その後1985年に解散した後は、映画に出演したり音楽提供したり、はたまたポーグスとかと絡んでみたりしとったばってん泣かず飛ばず。
俺が好きな映画監督ジム・ジャームッシュの映画とかにも出とったばってんね。

んで90年代後半、ジョー・ストラマー & メスカレロスを結成。ジョーのルーツであるレゲェ、ダヴ、カリプソ等中南米のサウンドを大胆に取り入れて独自の世界を作っとった。

でも2002年12月に心臓の病気で自宅で死亡。う~。

ジョーの追悼ライブ。
ボーカルの4人はエルヴィス・コステロ、ブルース・スプリングスティーン、デイヴ・グロール、スティーヴ・ヴァン・ザント



とにかくTHE CLASHはファンを大事にしとった。
ツアー先の宿泊先のホテルの下から金がないファンたちが叫んどったら、部屋に入れたあげて泊めてあげたりね。

ジョーとフジロックも深い縁があって、毎年のようにファンとして参加して、キャンプサイトの入り口のキャンプファイヤーの火をずっと守り続けて、会場から帰ってくるフジロッカーを暖かく迎えてくれたりね。



う~ん、またあの笑顔に会いたいなぁ。
長くなったね、ならね~