津波の被害を受けた時、アカイワさんは自宅から少し離れた職場にいました。被災した彼が何よりも心配したのは、20年前にサーフィンを通じて知り合い、以来連れ添った最愛の妻。アカイワさんはいつ来るかわからない救援を待つ事などできず、ウェットスーツなどのスキューバダイビング用の装備を身に付け、瓦礫の浮かぶ危険な水の中へと身を投じました。

200ヤード(約183メートル)ほど水中を進んだアカイワさんが目にしたものは、10フィート(約3メートル)近く浸水した我が家の姿でした。アカイワさんが辿り着いたとき、彼の妻は家の最上階、わずかに空気の残る場所にいました。
「水はとても冷たく、暗く、恐ろしかった」
「瓦礫の中を進むのは非常に困難だった」
無事に妻を助けだしたアカイワさんはそう語ります。

しかし、彼の活躍はこれだけに留まりません。災害から数日後、避難所に見当たらない母親を探すために、母親を最後に目撃した場所に向かいます。アカイワさんの予想通り、母親は浸水した家屋の中に取り残されていました。
「母は周囲を水に囲まれた場所に取り残されて、パニック状態になっていた」
「すごく見つけるのが難しかった」

彼が母親を救助したのは、地震の発生から4日後の事でした。
Southeast Asia Bureauのレポーター、Rick Westheadがアカイワさんに
「なぜ自分の命を省みず、奥さんを救いに行ったのですか?」
と質問すると、アカイワさんは一言、
「彼女はとても大切なひとだから」と答えたそうです。

その後もアカイワさんは、近隣の住人や友人たちを探すために救助活動を続けています。赤いウェストポーチに「緑茶」「水」「懐中電灯」「着替え」「緊急医療具」「迷彩柄のグローブ」「スイスアーミーナイフ」「煙草2箱」「ライター」を入れ、レイバンのサングラスをかけて。

インタビュー中「スミマセン、私はもう行かなくてはなりません」と一言残し捜索にでかけました。彼が友人知人たちを助け、無事に生還することを祈らずにはいられません。
kinglychapさんのブログ-ファイル0004.jpg

kinglychapさんのブログ-ファイル0003.jpg

kinglychapさんのブログ-ファイル0005.jpg

kinglychapさんのブログ-ファイル0002.jpg

kinglychapさんのブログ-ファイル0012.jpg

改めて震災の犠牲となった方々にお悔やみとご冥福をお祈り致します。

今も尚続く余震や原発の被害に脅かされる日々を過ごす中で改めて感じる事。

それは、自然の猛威に対して人間がいかに無力かという事。

それでも人は立ち上がる。

立ち上がらねばならない。

今までもそうしてきたようにこれからも。

立ち上がれそうもない人がいたら誰かが起こしてあげる。

“助け合い”

お互いに支え合って立ち上がる。


今はそれが一番大事。

地位や立場、見た目など気にせず無条件に助け合う事が。

近頃の私達に足りなかった部分だろう。

もちろん普段から“助け合い”を心がけてた人もいるはずだが皆がそうではなかったはず。

近年、物凄い速さで進む科学技術の進歩、便利さや物が溢れる世の中で利害の事ばかり考えて生きる人々。

忘れてしまった義理人情。

それでもやはり根底には人と人との関わりがあってこそこの星の文明は成り立つ。

今こそ思い出す時。

古き良き日本の文化を。


とある記事から引用。

「震災当日、いつも帰宅に使う電車が不通になり寒さと疲労の中駅でじっとしていると『お兄ちゃんこれ惹くと暖かいぞ』ってホームレスの人がダンボールをくれた」

普段は冷めた目で見てしまうホームレスの人からすごく大切な事を思い出させてもらった。

この思いやりを私も繋げていこうと思う。

そしてそれが全ての人と繋がれば輪ができる、輪はいずれ和になり、和の国日本ならばまた必ず立ち上がれる。

道で寒さに身を縮めてる人がいたら温かいスープをあげよう。

そのスープで温まった身体はまたすぐに冷えてしまうが、その優しさに触れた心はずっと温かいままだろう。


今は地球に試されてる時。

このままだといずれ滅びゆく運命を辿る文明にある意味で最後のチャンスをくれたのかもしれない。

今からでもきっと遅くはない。

お金がなくても便利な世の中じゃなくてもいいじゃないか、思いやりがあれば暖かい暮らしができるじゃないか、暖かさがあれば希望がもてるじゃないか、希望がもてれば明るい未来が作れるじゃないか、明るい未来が作れれば子供達に誇れるじゃないか!!

豊過ぎる暮らしにあぐらをかくのは昨日までにして、明るい未来を子供達に繋げられるように精一杯生きていこうと思う。