99%の見えないところであなたはどれだけ頑張っているのだろう。
そう思える人がいっぱいいる。
心底、尊敬しています。
わたしはこうして毎日、何かしら書いている人だから、それを継続している人のキモチが少しだけわかります。
見ている人にはたったの一瞬の出来事でも、発信する側は一瞬ではないものだから。
毎日、となると、出ない時もあるけど絞り出しても書くわけ。笑
筋肉を鍛えるのと同じようなものかな~と思います。
何をしたらいいのか分からなかったり、どうがんばったらいいのか分からない、という方に相談を受けることがあります。
わたしにはソレはやっていないからその質問がでると思えるのです。
正確には、自分はやっているのだけど、「誰か」が抜け落ちているんです。
「誰か」が介入した途端、「責任」が生まれるんです。自分のためだけの限界を迎える。
責任というと、重たい雰因気をもつけど、それから逃げることに慣れてしまうと、悩みが趣味みたいなものになる。
「楽」と「楽しい」は違うもの。と書かれた記事を目にしました。
ほんとその通り。
ぜんぜん違う。
「ラクして稼ぐ」とか、99%嘘。笑。
それで稼げたとしても、そこで流れるエネルギーは大した感動も生みません。
根気よくそれぞれがコツコツと前を向いて行くから、出会いが素晴らしいものになるし、そこへの感謝にあふれるものでしょう。
それが「楽しい」「しあわせ」「豊か」になる。
忙しさを微塵に感じさせず、裏ですっげーやっている人、たくさん観てきた。
それが事実です。
たった1%しかみえていないけど、その裏の99%の背景をみれるように、思いやれるように、そして感謝できるようになったら、不平不満の人生とはさよならできますよ。
野球を始めたからといって、全員がプロ野球選手になれるわけではないのと同じように、先生になったからといって、誰もが生徒から慕われたり、尊敬される先生になれるというわけではない。
そして、先生という立場において、子供達に慕われ、尊敬されるということは、先生ではない大人が、子供達から慕われ、尊敬されるということよりも遥かに難しい。
なぜなら、他の大人達とは違って、単に自分のという存在の一部分を披露するだけではなく、日々ありとあらゆる難問に対する自分の対応の仕方をすべて生徒に見られるからであり、生徒が好んでやりたがることだけで彼らと交わるのではなく、そもそもやりたくないこと、従いたくないことにおいても、彼らと交わらねばならないからである。
例えば、そもそも学校を憎み、先生という存在自体を否定したがる生徒に対し、どう対応するのか。
わけのわからんいちゃもんをつけてくる他の先生や、保護者に対し、どのように対応するのか。
やったこともない部活動の顧問になった時に、自分よりも遥かに知識を持っている生徒達をどうまとめていくのか。
リストカットしている生徒にどんな言葉をかけるのか。
クラスメートに暴力を振るう生徒にどう対応するのか。
暑い日も寒い日も、毎日4、5時間ある授業で、何を話すのか?
そんなこんな、うまくできることもできないことも、全部生徒に見られている中で、生徒の信頼を勝ち取り、保護者や他の先生の信頼も勝ち取ることのできる先生。
そんなことのできる人は、そもそもプロ野球選手になることとか、プロのミュージシャンとして食べていけるのと同じくらい、並大抵の人物じゃあないと思う。
はっきりいってスーパーマンだよ、それは。
そういう人たま~にいるけど。
間違えちゃいけないのは、たまたま自分の人生の中で、あの先生みたいになりたいという憧れを抱いたことがあったとしても、簡単にその先生みたいになれるわけではないし、その先生だって、たまたまあなたの信頼を勝ち取ることが出来たに過ぎず、そこに至る過程の中で、どれだけの悲しみ、どれだけの屈辱を乗り越えてきたか、そこには計り知れないだけの努力が裏に隠されているし、他の生徒や先生からは、ボロクソ言われてたりするって事実を見逃してはいけないということ。
かといって、僕はここで、そんな甘い夢を見るんじゃないよってことが言いたいのではなくて、本当に幸せな教員人生を送りたいと望むんであれば、それは、並大抵の努力で叶うことではなく、イチロー選手が小学校の頃から、毎日休まずコツコツと練習してきたように、日々の仕事の中から、先生として大切なことを、一つずつコツコツ学んでいくしかないし、自分の夢が、メジャーリーガーになりたいってことと同じくらい大きな夢なんだってことに気が付いてほしい。
思うに、先生になろうなんて思う時点で既に、他の多くの人よりも先生という職業を甘くみているわけで、普通の人は、まさか自分が先生になろうなんては考えないのであって(だって大変なのは目に見えてるじゃないですか)。
だからって、それが悪いって言いたいのではなく、そんな勘違いがないことには、学校の先生になろうなんて思う人は出てこないだろうし、そんな勘違いがあることって僕はすごくポジティブなことだって思うけど、その結果やってくる困難はどうしても自分で受け止めなければならないわけで(これは、何も先生だけじゃなくて、どんな職業でも同じですね。人の親になるってことも。)。
だから、もしも、仮に、あなたが落ち込んでいるとすれば、それは、そもそもあなたが抱いている夢が大きいからであって、そもそもあなたが乗り越えようとしている壁が高いからであって、それは決してあなたがちっぽけな人間だからではなくて、やろうとしてることが、そもそもとんでもないことなんだって気付いてほしいし、だからってそれを諦めないでほしい。
尊敬する先生と自分を比べたりしないで、その先生がそこに至るまでに味わった苦労を、今自分は一つずつ引き受けてそこに近づこうとしていることを、誇りに思ってほしい。
だってそこに立っている時点で少なくとも、その苦労を引き受ける資格を手に入れたわけだから。
それだけの努力をしてきたわけだから。それは全然ちっぽけなことじゃないから。
楽をするために夢を抱くわけじゃないよね。
夢を抱くってスーパーきついことだけど、だからこその夢だよね。
目指してしまった以上は肚をくくって、カメのようにゆっくりと、小さなことからコツコツと積み上げていきましょう。
以上。
そして、先生という立場において、子供達に慕われ、尊敬されるということは、先生ではない大人が、子供達から慕われ、尊敬されるということよりも遥かに難しい。
なぜなら、他の大人達とは違って、単に自分のという存在の一部分を披露するだけではなく、日々ありとあらゆる難問に対する自分の対応の仕方をすべて生徒に見られるからであり、生徒が好んでやりたがることだけで彼らと交わるのではなく、そもそもやりたくないこと、従いたくないことにおいても、彼らと交わらねばならないからである。
例えば、そもそも学校を憎み、先生という存在自体を否定したがる生徒に対し、どう対応するのか。
わけのわからんいちゃもんをつけてくる他の先生や、保護者に対し、どのように対応するのか。
やったこともない部活動の顧問になった時に、自分よりも遥かに知識を持っている生徒達をどうまとめていくのか。
リストカットしている生徒にどんな言葉をかけるのか。
クラスメートに暴力を振るう生徒にどう対応するのか。
暑い日も寒い日も、毎日4、5時間ある授業で、何を話すのか?
そんなこんな、うまくできることもできないことも、全部生徒に見られている中で、生徒の信頼を勝ち取り、保護者や他の先生の信頼も勝ち取ることのできる先生。
そんなことのできる人は、そもそもプロ野球選手になることとか、プロのミュージシャンとして食べていけるのと同じくらい、並大抵の人物じゃあないと思う。
はっきりいってスーパーマンだよ、それは。
そういう人たま~にいるけど。
間違えちゃいけないのは、たまたま自分の人生の中で、あの先生みたいになりたいという憧れを抱いたことがあったとしても、簡単にその先生みたいになれるわけではないし、その先生だって、たまたまあなたの信頼を勝ち取ることが出来たに過ぎず、そこに至る過程の中で、どれだけの悲しみ、どれだけの屈辱を乗り越えてきたか、そこには計り知れないだけの努力が裏に隠されているし、他の生徒や先生からは、ボロクソ言われてたりするって事実を見逃してはいけないということ。
かといって、僕はここで、そんな甘い夢を見るんじゃないよってことが言いたいのではなくて、本当に幸せな教員人生を送りたいと望むんであれば、それは、並大抵の努力で叶うことではなく、イチロー選手が小学校の頃から、毎日休まずコツコツと練習してきたように、日々の仕事の中から、先生として大切なことを、一つずつコツコツ学んでいくしかないし、自分の夢が、メジャーリーガーになりたいってことと同じくらい大きな夢なんだってことに気が付いてほしい。
思うに、先生になろうなんて思う時点で既に、他の多くの人よりも先生という職業を甘くみているわけで、普通の人は、まさか自分が先生になろうなんては考えないのであって(だって大変なのは目に見えてるじゃないですか)。
だからって、それが悪いって言いたいのではなく、そんな勘違いがないことには、学校の先生になろうなんて思う人は出てこないだろうし、そんな勘違いがあることって僕はすごくポジティブなことだって思うけど、その結果やってくる困難はどうしても自分で受け止めなければならないわけで(これは、何も先生だけじゃなくて、どんな職業でも同じですね。人の親になるってことも。)。
だから、もしも、仮に、あなたが落ち込んでいるとすれば、それは、そもそもあなたが抱いている夢が大きいからであって、そもそもあなたが乗り越えようとしている壁が高いからであって、それは決してあなたがちっぽけな人間だからではなくて、やろうとしてることが、そもそもとんでもないことなんだって気付いてほしいし、だからってそれを諦めないでほしい。
尊敬する先生と自分を比べたりしないで、その先生がそこに至るまでに味わった苦労を、今自分は一つずつ引き受けてそこに近づこうとしていることを、誇りに思ってほしい。
だってそこに立っている時点で少なくとも、その苦労を引き受ける資格を手に入れたわけだから。
それだけの努力をしてきたわけだから。それは全然ちっぽけなことじゃないから。
楽をするために夢を抱くわけじゃないよね。
夢を抱くってスーパーきついことだけど、だからこその夢だよね。
目指してしまった以上は肚をくくって、カメのようにゆっくりと、小さなことからコツコツと積み上げていきましょう。
以上。
普通で当たり前だと思っていることは、話題にしないものだ。
幸せが当たり前なら、「幸わせだなーっ」て言わない。
お金が当たり前にあるなら、「お金がある」とかないとか話題にしない
結婚は良いもの、旦那さんは優しいのが当たり前なら…そこ褒められても、「ま、普通ですよ」と反応薄い。
普通すぎて話題にもしないことは何ですか?
それが本当に得意分野だよ。
幸せが当たり前なら、「幸わせだなーっ」て言わない。
お金が当たり前にあるなら、「お金がある」とかないとか話題にしない
結婚は良いもの、旦那さんは優しいのが当たり前なら…そこ褒められても、「ま、普通ですよ」と反応薄い。
普通すぎて話題にもしないことは何ですか?
それが本当に得意分野だよ。