【キスはあげない】


明るくしていた照明を間接照明へと変わり一段とムーディな雰囲気が漂う部屋。間接照明えを購入してから数ヶ月経つけど使用したの今回で二回目ぐらい。ニカに「勿体無い」と言われ渋々使ってみることにした。慣れない空間に自分の部屋じゃないと感じる。ベッドへと一斉に潜り込んで俺の上に覆い被さりニカがこう呟いた。

「キスしてよ」

至近距離での顔。鋭い眼差しに目が緩む。でも決めてあるんだ。まだキスは早い。あと少しだけ甘い恋をさせてください。その恋が満足したらキスするから。

「キスはあげない」

「いつになったらしてくれるの?」

「もう少し待ってて」

唇に人差し指をそっと当てて、どうしてと言わんばかりの表情を浮かべていた。初めてのキスから二ヶ月程経つけど未だに一度も俺からキスをしたことがなかった。何度もニカが求めてきてもしない。自分からキスするのが怖くて出来ないでいた。下手とか苦手とかじゃない。ただニカからのキスが欲しいだけ。自分からするキスは何かが違う。もっとニカとの恋に堕ちて甘い恋へと変わればキスが出来る。そんな思いを伝えようと声に出そうとした時、ニカから声をかけられた。

「キスしてくれないのズルいよ」

軽く額に指で弾かれ、思わず、痛っ。と声を出してしまいその様子に笑われてしまった。

「もう、キスはあげない」

「それだけでキスあげないって何だよ」

少し口調がキツくなった事に身体が怯えて、ごめん。と声が微かに震えていたのが自分でも分かった。ニカは小さく溜息一つ、何か言いたそうな表情を浮かべ言葉にはせず俺に背を向けてしまった。俺は静かにベッドから抜け部屋を出た。リビングにあるチェストの中に確かあるはず。引き出しを開けてみるとあった。昔、母親が買った便箋。可愛らしい兎のイラストと水彩画のように描かれた林檎が印刷された便箋だった。それを一枚取ってペンを握り便箋に今の想いを綴った。一枚書いた時点で字余りし数枚取り出す。一枚では足りないぐらい気持ちを綴っていた事に少し驚きながらペンは進んでいく。書き終えた頃には二枚目が終わりを告げていた。三枚目が必要かと傍に予備をしていたけど使わず引き出しの中へとしまい交代かのようにシンプルの封筒を取り出し便箋を入れた。封筒を折り閉じた部分にシールやシーリングスタンプで外国風に仕上げたりするけど今回はシンプル。普通にスティックタイプの糊で封を閉じる。乾いたのを確認し便箋を持ったままニカがいる自分の部屋に戻った。微かに寝息が聞こえる。足音を立てずに鏡台の前に行き椅子に座る。台の上に透明のボックスケースの蓋を開け、深紅のマットリップを手に取った。母親から貰ったもの。鏡で見ながら唇に塗っていく。塗り終わり鏡で見るとリップだけでかなり印象が変わるんだと感じた。今回使用したリップはマットだからかなり濃い感じでセクシーさが溢れているように見えた。自分の姿を数回みた後、封筒を手に取り糊で閉じた部分に口付けを落とした。十秒程、唇をくっつけたままゆっくり封筒から唇を離す。そこには赤いキスマークがくっきり残った。その封筒をニカの頭の横に置いた。

「キスはまだあげない。これが限界なの、ごめんね」

再びベッドの中に戻りナイトテーブルに置いてるティッシュを一枚取りティッシュオフした。起きたらリップを落とそう。ベッドに潜り、瞼をゆっくり下ろすと眠りにつき始める。起きたらその手紙を見て欲しい。まずは封筒のキスマークに気付いて欲しい。もしその封筒に気付いてなかったら俺が起きた時に伝えよう。そしてお願い。キスはあげない代わりにこれで我慢してくれますか。



【キスじゃ足りない】


何気なく入ったホテルの内装に驚いた。ゴシック調のインテリアに赤と基調する塗装。そして黒のキングサイズのベッド。赤と黒という配色に目を奪われていた。前に進みベッドに腰をかけ一息つく。辺りを見渡すとベッドのシーツに刺繍が入っていた。あ、林檎だ。きっと白雪姫をイメージしているんだ。白雪姫の世界に入れたらきっと素敵なハッピーエンドを迎えるのかな。なんて思いながらニカを見ると扉の前で荷物を置くこともなくその場で立ち尽くすんでいた。

「ニカ」

ぽん、ぽん。とベッドを軽く叩いて招くと俺の横に座って触れるだけのキスをすると後ろへと押し倒された。いつもの行為だから何とも思わない。リップ音を立てて甘いキスから濃厚なキスへと変わる。舌を絡ませ吐息を溢しどちらか分からない唾液が混ざり合いながらキスで溺れていく。唇を離せばニカは俺の髪を優しく撫でてくれる。

「欲しい。キスが欲しい・・・もっとキスして」

髪に振られている手に自分の手を重ね微笑むと至近距離で顔を近付け何度もキスを交わす。角度を変えたり舌を絡ませたり自然の身体の力が抜けていった。たっぷりとキスを堪能するとさっきよりも息が荒く火照った身体にニカが笑った。笑った事に少し腹立つ。俺からキスを求めたからニカはそれに応えただけ。まだ俺はニカには勝てないんです。キスがいつもより濃厚で興奮してしまったから。

「ねえ・・・」

吐息混じりに問いかけてみた。ニカは視線を反らさず事もなくずっと俺を見つめている。優しい眼差しを壊すような発言を口にしてしまう。

「キスだけじゃ足りない」

ニカの唇を指で這わせて自分なりに色仕掛けしてみる。大きく開いた目は驚きを隠せないでいた。意外と可愛い反応するんだ。結構動揺してるんだなと思う笑みが零れた。

「キス以上の事していいって事?」

「そんなの乙女に聞くなんて失礼」

「いつから乙女になったんだよ」

「ニカの前では乙女になります」

少し吹き出したかのように笑いながらキスをしてくれた。やっぱりニカのキスが好き。ニカからされるキスが好き。ニカのキスを欲しがっている自分がいる。ニカだからこそ大好きなんだ。いつかは王子様のキスのように優しい甘いキスして。キスが足りないお姫様に王子様はたくさんキスをしてあげて。お姫様はそれで満足するの。



【キスじゃ目醒めない】


気付けば新緑に囲まれた森に佇んでいた。小鳥のさえずり。遠くから聞こえる和流。たくさんの緑の葉の合間に太陽の日差しが差し込んで輝きを放っている。御伽噺に出てくる森は確かこんな感じ。そうか、今、俺は御伽噺に入り込んでいるんだ。でも何で?御伽噺なんて読んだっけ。不思議に思いながらその森の中を歩き出した。葉が軋む音を奏でながら前に進むが一向に抜け道が現れない。進んでも緑の世界。もしかしたら彷徨ってしまったかもしれない。俺は横にある木に身体を預けその場に座り自然の音に耳を澄ませ目を閉じた。ここで眠ったら王子様が現れてキスして目覚める。そんなロマンチックなんてないよな。王子様のキスで目覚めて恋に堕ちて幸せになれる。なんてお姫様のような気分を味わいたい自分がいる。周りから思えば気持ち悪いかもしれない。だけど憧れはある。それが男の俺でも。自然の音が遠くなって深い眠りに落ちる中、「ねえ」という声が聞こえた。とうとう王子様が現れたんだ。わざと目を開けず身体を微動だにしなかった。葉と衣服が擦れた音がし王子様の膝と俺の膝が当たり腕も触れている感覚がした。多分王子様は俺の前に座って近付こうとしている。心臓の音が高鳴って王子様に聞こえるんじゃないかと思うと更に胸の高鳴りが抑えきれない。王子様のキスを待っていると唇に温かい感触が触れた、憧れていた王子様のキス。その感覚が離れ目を開けようとするが中々開けてくれない。目に力を入れてもまぶたが上がらない。どうして目が覚めないの?お姫様は王子様のキスで目覚めるのに。きっとこのまま目が覚めてくれないんだろう。そう思っていた中、散々開かなかった目が開いた。視界に入ったのは森ではなく天井。何度も見たことある。あぁ、俺の部屋だ。その天井を眺めていると横から顔を覗き込んだ。心配そうに見つめている顔と声。それは馴染みのある顔と声。やっと夢から覚めたんだ。と安堵する。でも憧れていた王子様のキスは所詮叶わないて思ってしまうとくだらないて感じてしまう。

「千賀、どうした?顔険しいぞ」

「ねえ、白雪姫の最後の話て知ってる?」

「毒林檎を食べて死んでそこに王子様が現れてキスで目覚める」

「キスで目覚めるなんて普通ないよね」

「現実にはないけど、本当どうしたんだ?」

「ううん、なんでもない。所詮御伽噺だって事」

「変な夢でも見た?」

「白雪姫のもう一つのお話みたいな夢かな?」

「何それ」

「王子様のキス。そう簡単に・・・キスじゃ目醒めない」

もし目の前にいる人がキスしてくれたら目醒めるのかな。



【・・・キスして気持ちは変わらない?】


横尾さんからの差し入れで貰った林檎を持ち帰るとニカから軽く林檎を洗い二つお皿に乗っけてテーブルに置いてくれた。あれ、皮剥いてない。こっちは半分程度剥いてある。歪だけど。とりあえず皮を剥いていない林檎を手に取り林檎を見つめた。隣から、咀嚼音が聞こえ視線をニカの方へと向けると半分皮を剥いてある新語をむしゃぶりついてた。そんなニカにこんな事を言ってみた。

「白雪姫は林檎食べて死ぬでしょ?そのあと、王子様が現れてキスで目覚めるじゃん」

「うん。永遠と眠り続けて、そこで王子様の登場でキスをする」

「実際そんなことで目覚めるのかなて」

「お前、夢を壊すなよ。子供が聞いたらショック受けるだろ」

「ここには子供いなから大丈夫。もしいても言わないよ、こんな事」

「じゃ、何で言ったんだよ」

「現実的に思っただけ」

「千賀らしくないけど」

「女の子は誰もがお姫様になりたいてなるし王子様のキスで目覚めたいでしょ?」

「千賀もキスで目覚めたいの?」

「目覚めたい。だけど王子様は男にはしない。そんな事したらそれこそ夢が壊れるよ」

「もし俺が王子様で千賀がお姫様だとしてキスをします。そのキスで目覚めたいですか?」

「え・・・」

どういうこと。突然の発言に目を大きく開いて何度も瞬きする。ニカが俺の王子様?俺がニカのお姫様?そんなの嬉しいに決まってるじゃん。でもある一点が浮かぶ。

「キスして気持ちは変わらない?」

予想を遥かに超えた発言にニカが黙り込んでしまった。聞いてはいけない事だったかな・・・。咄嗟に謝ろうとした時、俺の顎を少し上に向けさせられ至近距離に顔を近付けられた。

「変わらないよ」

そっとキスを交わすと動揺して言葉にならない声を小さく零してしまう。自分でもわかるぐらい顔が紅潮していた。突然の事に何度も目を瞬きをし手にはまだ齧ってもいない林檎を持ったまま。

「まだ林檎齧っていないのに」

「齧ったらキスするから」

「一旦死なないと駄目じゃん。俺、死ぬね」

「それは困る」

「だってそうでしょ。死なないと王子様のキスで目覚めないんだから。いつかは王子様が来てくれる。そう信じてる。それまでには死ぬわけにはいかないでしょ」

いっそニカが俺の王子様だったらいいのに。