"白雪姫をイメージした衣装ありませんか"


突然の発言に驚いて、物音がしながら衣装を探しているのを電話越しでも分かった。
「ドレスじゃ・・・駄目よね」
「さいあくそれでもいいですけど動きにくいかなて」
「撮影か何かで着るの?プライベート?」
「そ、その辺りですかね。でも普段から女装なんてしてませんよ」
「それぐらい知ってるわよ。うーん、そうね。男性が着れそうな服で白雪姫ね」
カチャ、カチャと金属音が響く。ハンガーに吊らされた衣装を探している様子。突然の発言に困らせてしまう謝ろうとした時、「待って」という声が響く。
「どうかしたんですか?」
「千賀君が思ってるイメージとは違うかもしれないけどあるわ」
「本当ですか!?」
「写真で送ろうか?でも実際見に来た方がいいわよね?」
「そうですね。ちなみに衣装はどこに・・・」
「私の家よ」
「分かりました。今から向かいますね」
通話を切り再び電車に乗った。ここから遠くもなく近くもない。スタイリストは既に帰宅している。片手で数えるぐらいしかスタイリストの家に行った事ないから行けるか不安だけど何かあったら連絡すればいっか。と甘い考えをしてしまう。暫くして駅に着いてそこから十分程歩くと家に着いた。呼び鈴を鳴らすと直ぐスタイリストが出てきた。中に案内され奥の部屋へと入る。ここはたくさんの衣装がウォークインクローゼットに保管されている衣装部屋だ。スタイリストはウォークインクローゼットの扉を開け丁寧にハンガーにかかっている衣装を手に取り俺に見せてくれた。
「こういう衣装なんだけどどうかな」
黒のチュールトップス。首元と袖はシースルになっている。下は白に赤いドットのタックプリーツスカート。
「可愛い。このタックプリーツスカート、レディースのですか?」
「そうよ。でも千賀君なら似合うと思ってね。最近こういうの男性も着たがるから。特に原宿系とかね。ほら、流行りのトランスジェンダー風とかね」
「そうなんですね」
「このトップスは、シースルでとてもセクシーが表現が出ていて女性にも男性にも人気で購入する人が多いのよ」
その衣装を俺に渡しスタイリストは再びハンガーにかかっている衣装を手に取る。
「こっちとかどう?」
次に渡された衣装は白の袖なしシャツに赤のレザー素材の襟。下は黒の巻きスカートに赤いドット。
「こっちの方が私服ぽいですね」
「そうなの。普段着れそうだしね」
「可愛いし、えー、悩む」
「ゆっくりでいいからね。でも千賀君この後予定あるんじゃ・・・」
「ないですよ。帰るだけだったので」
「それならいいんだけど千賀君、何でも似合うからね。レディースものも」
「そうでもないですよ」
「何言ってんのよ。時々レディースもの着てるじゃない。見る度、可愛いて思うの。千賀君可愛いんだからもっとこういう服着なきゃ駄目よ。もったいないわ。メンズものもこういうデザインあるんだから」
「そう、ですね。チェックしてみます、すみません」
「謝らなくていいのよ。あと一着あるから出すわね」
「ありがとうございます」
受け取った衣装等を両手に持って全身鏡を見ながら身体に合わせてみる。どちらも可愛いけど着るとしたらこっち?それともこっち?首を左右に動かしながら悩み始めると最後の一着を持ってきてくれた。胸元が少し空いているレースの白のチュールブラウスと中に着る黒いキャミソール。黒に赤いドットのワイドパンツに黒のコルセットにラメの赤リボン。三着、目を通して最後に渡された衣装が一番これが好みかもしれない。レディースでもボーイッシュ系のスタイルだからだ。特にこのチュールブラウス。その服を見つめているとスタイリストは俺の顔を見て微笑んでいた。
「気に入ったかしら?」
「はい。パンツスタイルなのにシンプルで可愛い」
「シルエットも可愛いしね。三着とも赤のドットが統一しているんだけど白と黒で小悪魔なお姫様を表しているの」
「可愛いなのに毒があるような」
「それ!分かっているわね。流石、千賀君。ところで衣装どれに決めた?」
「これにします」
俺は迷わず三着目を選んだ。その衣装を取った後、スタイリストが俺の方に顔を向け笑顔を見せた。とても嬉しそうだ。
「千賀君はこれが一番似合いそうって思ってたの」
「僕もそう思いました。一番好みです」
「よかった!一回これ着てみて。私、廊下で待ってるから」
そう言って衣装部屋を出て行った。俺は開けっ放しのウォークインクローゼットのハンガーラックにかけた三着目の衣装を一旦掛けた。そして衣服を脱いで丁寧に床に置いてからさっきハンガーラックにかけた衣装を手に取りハンガーを外し衣装を手に通した。全て着替え終わりコルセットで腰を引き締め全身鏡の前に立つと意外とガーリーな要素が多い面、ボーイッシュさえもあって意外と自分に合っていた。その姿に見とれているとノック音が聞こえた。
「千賀君、着替え終わったかな?」
「はい、着替え終わりました」
「わー!可愛い!似合ってる!」
ドアを開けて第一声。そして似合ってるの連呼。俺は嬉し恥ずかしくなり顔を下向けてしまった。その様子にスタイリストは「可愛いんだから自信持って」と自信をつけてもらった。
「これに合いそうな小物も持ってくるね。確かここかな?」
扉の近くにあるチェストの引き出しを開けると衣装に負けないぐらいたくさんの小物が並んでいた。取り出したのは赤のラメ入りのチョーカー。それを持ったまま俺の背後に周りチョーカーをつけてくれた。
「千賀君可愛い!あとこれも」
再びチェストの前に立って引き出しを開けた。小さな箱を取り出し俺に渡す。開けるとキスマーク型のピアス。つけていたピアスを外しキスマークのピアスを左耳に付けると更にスタイリストの笑顔が眩しくなっていく。
「とても可愛い!」
「ありがとうございます!」
笑顔につられて俺も笑顔を見せた。衣装決めが終わり靴も決めてもらった。赤のストラップパンプス。ヒールの高さは約四センチ程度。これなら歩けるし足が疲れないかと。改めて今の格好を見て雰囲気はまさに白雪姫。男だってお姫様気分になりたい。鏡に映る自分の姿に見惚れ十分堪能したところで元の衣服に着替え決めた衣装と小物を紙袋に入れて貰い受け取った。
「素敵なコーディネートありがとうございました。とても助かりました」
「いえいえ。また新たに可愛い千賀君が見れてよかったわ」
お礼を告げ家に帰る。駅に向かい電車に乗り込み電車内、紙袋から衣装が少し見える。明日着るのが楽しみ。ニカはどういう反応してくれるんだろう。見た目は女装に見えるかも知れない。でもそれでもいいの。お姫様気分を味わたいから。帰宅した頃にはもうすぐ日付が変わる時刻だった。ストラップパンプスを収納棚の前に置いた。リビングに入ると母親がまだ起きていた。荷物を置きその場を離れた途端、母親が紙袋に入っている衣装を見たらしく、「健永」と俺の名を呼んだ。急いで戻ると母親からあるものを受け取った。それは深紅のマットリップと同じ色のマットネイルだった。
「この衣装に似合うわよ」
「ありがとう」
「変な事聞くけど女装じゃないわよね・・・?」
「違うよ」
「そうなのね。母さん、ホッとしたわ。まあ、女装していても健永は可愛いから」
「何、急に。恥ずかしいんだけど」
照れてるのを隠してそれらを受け取って部屋に行く。もしかして母親は心配してたのかな、女装。でも実際は女装じゃないし母親を安心させた事に胸を撫で下ろす。部屋に入ると荷物類を端に寄せピアスを外し浴室へ向かう。入浴を済ませドライヤーで髪を乾かし部屋に戻って紙袋に入っていた衣装をハンガーラックに掛けた。紙袋の底に置かれていた深紅のマットリップとマットネイルと取り出しナイトテーブルに置いてベッドに腰をかける。マットネイルを手に取り爪からはみ出ないように塗っていく。数年前のハロウィン番組以来。しかも深紅のネイルなんて初めてだ。乾くまで微動だにせず待ってみる。そろそろ乾いたかなと息を吹きかけ爪を触ってみる。お、大丈夫そうだ。手を天井に翳したまま体を沈ませた。白雪姫はこんな派手じゃないし小悪魔じゃないけど気分だけ白雪姫になれるのならそれでいい。そう思いながら眠りについた。

目を覚ますとアラームより早めに起床。シャワーを浴びタオルを腰に巻いて部屋に戻ろうとした時、ある事を思い出した。林檎あったかな・・・。キッチンへと行き、冷蔵庫を開けてみると運良く林檎があった。それを手に取りラップに包み更にジップロックに入れ部屋に戻るとラインの通知。


"今から迎えに行くよ"


言葉の代わりにスタンプで返信する。手に持ったままの林檎を肩掛けの鞄に入れハンガーラックにかけていた衣装に身を包み、メイクを施した。最後にチョーカーを付け全身鏡に映る自分の姿に瞬きした。昨日と変わらない衣装なのに今日一段と可愛い姿に思わず、可愛い。と言葉を零した。一段落つき髪をセットをする。アイロンでストレートに仕上げ櫛で軽く梳かす。サラサラになる髪が好きでつい見とれてしまう。左耳だけ髪を耳にかけて軽くワックスで固定する。その中、着信音が響く。画面表示にニカの名前。直ぐ通話ボタンを押し、通話に出た。
「はい、千賀です」
「知ってるよ。迎えに来ました」
「え、もう?待って、あとこれだけだから」
軽く叫びながら通話をスピーカーにしてスマホをベッドに置きナイトテーブルに置いてある深紅のマットリップを手に取って全身鏡を見ながら唇に塗っていく。かなり濃い。ニカに引かれたら嫌だな。でも今日だけは白雪姫の気分でいさせて。リップ音を立て唇を重ね色付いたのを確認し林檎の香水を付けてキスマークのピアスを左耳に付けた。更に鞄を持ち部屋を出た。限界に着いてストラップパンプスを履き身だしなみをチェックして玄関のドアを開けるとニカが立っていた。
「せ、千賀なのか・・・?どうした?」
見慣れない格好にニカは何度も目を瞬きをし俺なのか確認し始める。
「俺ですよ。千賀健永です」
「どうした?何かあった?」
「あった・・・て、分かるくせに」
「白雪姫に憧れて?」
「そうです。流石にドレスは着れなかったけどそのイメージしたデザインなの。スタイリストのおかげで」
ニカに向けて微笑み、髪を耳にかけ左のピアスも見せた。ニカは小さい声で零した。
「可愛い・・・」
「ありがとう」
つい嬉しくて身体をくっつけてみると恥ずかしさのあまりに直ぐ車に移動してしまった。そんなニカの後をついていき助手席に乗り込んだ。運転し始めるニカの姿を横で見て久しぶりに思った。前よりかっこよくなってる。思わず口元が緩み手で隠すと不思議そうな表情をして俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「あ、うん。何でもないよ」
俺は車のナビの代わりに両手で地図が載ってる用紙を持って案内する。それに合わせてニカが運転していく。約二時間半経った頃、ようやく森に着いた。ここで撮影してたのが懐かしい。
「結構時間かかるかと思いきやそんなでもなかったな」
「うん。思ったより道が空いてたし」
車から降りようとシートベルトを外そうとした時、ふと触れた手。あ・・・、と見つめたまま手を絡めてみる。ニカの顔が紅潮し手を離され先に車から降りてしまった。俺も急いで降りるとニカはトランクを開けた。取り出したのはレジャーシート。それ敷く所あるかな、と思いながらニカに声をかけた。
「それ持っていても敷く所ないんじゃ・・・」
「どこかにあるよ。一度は味わいたいじゃん。森の中で寝っ転がって。絶対気持ちいいんだろうな」
レジャーシートと俺の肩に掛けていた鞄を持って先に行ってしまった。俺は小走りで後を追いかけた。走りながら周りを見渡すと夢で見た森と同じように感じた。新緑と一筋の日光。きっとここは白雪姫の世界なんだ。ニカは俺を気に遣って手を差し伸べて歩くスピードを遅くし一緒に歩いてくれた。もう優しいんだから。
「ここに出るんだ」
長い新緑の中を抜けると森の蒲公英が現れた。思わず駆け寄ってその場に座る。蒲公英に触れ鮮やかな黄色を見つめていると、カシャ。と音がした。視線を横に向けると知らぬ間にニカに一眼レフで写真を撮っていた。
「ちょっと、ニカ!」
「怒らないで。ほら、見てみなよ」
多少ムカつきながら撮った写真をみると手に持った蒲公英に微笑んでいる自分の姿があった。
「自分でいいのもあれだけど自然」
「やっぱり?凄く自然だから何枚か撮ってみてもいい?」
「うん」
蒲公英にはさよならして今度は蒲公英の綿毛で遊んでみる。息を吹きかけて綿毛が飛んでいく。確かこれも夢でやってたな、と思いながら吹きかけているとシャッター音が聞こえた。
「どう?こういうの」
一眼レフを俺に見せてきて数枚確認しながら見ていくと一番良い写真が表示された。
「これ素敵!一休みの白雪姫て感じして」
「実際、白雪姫の話で森の中で一休みしてたよね?動物たちが駆け寄って一緒に歌ってたシーン」
「そんなシーンあったね。だいぶ違うけど」
「今日は白雪姫を意識して来たんでしょ?」
「そうですよ、ボーイッシュ小悪魔系白雪姫」
「そんな白雪姫いるか」
「そこはオリジナル。突っ込んだら負け。そんなニカは俺に可愛いて言ってくれたし」
「今日は言った。いつもの千賀じゃないから」
「白雪姫に見えるからでしょ?」
「・・・あ、そうだな」
「もう、間をあけないでよ」
半笑いで誤魔化して二人だけの撮影会を堪能した後、程よい広さがある森の蒲公英の中心辺りぐらいにレジャーシートを敷いて座った。ゆったりとした空気に手と背を頭上に伸ばす。気持ちいい。自然に触れると心がリラックスする。
「今日の千賀はお姫様だね」
「それ今更言うの?衣装で誤魔化してるけど今日だけはお姫様気分なの」
「もしかしたら王子様現れるかもよ」
「いないよ。現実にはないんだから」
「少しだけ王子様になってあげようか?」
「え・・・」
正座より少し足を崩しニカが自分の膝を、ぽん、ぽん。と手を叩いて「ここに頭を乗せていいよ」と招いてくれて膝枕してくれる事になった。俺は嬉しくなりゆっくりニカの膝の上に頭を乗せた。左耳にピアスをつけているから当たらない様に少し頭をずらして横になった。
「千賀」
頭上から声が聞こえ頭ごとニカの方へと上げるとニカは深く息を吐いてこう呟いた。
「好き、て伝えてもいい?」
俺はニカの唇に手を伸ばして人差し指を唇に当てた。
「好きは言わないで」
「何で・・・」
「今は言わないで。その代わりにキスはして欲しい」
「キスはいいんだな」
「うん。ニカのキスは好き。もっとたくさん欲しいの。閉じた唇から好き。て伝えて欲しい」
膝枕したまま目の前にある鞄に手を伸ばし中からジップロックに入れてた林檎を取り出した。
「よくあったな」
「運良くね」
林檎を持ってその林檎にキスを落とすと、ニカが軽くいじけだした。「何で林檎にはキスをしてるの」て手を鷲掴みされ林檎が落ちてしまいレジャーシートの右端へと転がってしまった。よかった。地面には出てないみたい。寝たまま手を伸ばして林檎を手に取った時、ぐいっ。と手を引っ張られ自然とニカの方へと顔を向けられる。一秒、二秒・・・。見つめ合う。最近の俺達はこうやって見つめ合う秒数が長くなっている気がする。ただ見つめ合うだけ。それが終わるとニカは転がった林檎を気にせず空いた手は優しく頭を撫で始めた。
「いつもよりサラサラ」
「気合い入れましたから」
何度も髪に触れ徐々にニカの顔が降りてきて唇が重なりそうな時、人差し指で阻止した。
「今は駄目。キスはあげない。もう少ししてからね」
「どんだけ待たせるの。意地悪なお姫様な事」
「ごめんね。ニカとキスする時はニカと真っ赤になるぐらいの情熱な恋をしてとても甘い恋になったらキスしてもいいよ」
俺は持ってきた林檎をニカの唇に押し当て反対側の林檎に唇をそこに落とした。二人分のキスを落とした後、その林檎を齧りレジャーシートの上に置いた。
「齧ったら死ぬよ」
「別にいいの。王子様のキスだと思えば」
「王子様て俺なの?」
「そう。今だけは俺だけの王子様でいて。そうしないとせっかくの夢が壊れてしまうから」
「本当、夢見る女の子だね」
上を見上げると空一つもない青空。そこに高い木の葉が日光を塞いでくれてるからそんなに眩しくなかった。また白雪姫の世界に入ったら今度こそ王子様が現れるのかな。でも俺の王子様はもう現れてるかもしれない。もしこの人が運命の王子様だったら直ぐに甘い恋してキスをするんだ。それまではキスはあげない。あと少しだけ。甘くなるまでグッバイ。