【song by:東京女子流】
白雪姫になりたい健永のお話


"いつになったらキスしてくれるの?"


何度も聞かれた言葉。もう少し貴方に恋をしてから。そう決めたあの頃。昔、こんな事を思っていた。キスを望んでいる女性はこう抱いているはず。好きな人が出来て甘い恋に堕ちてたくさん愛されてキスしたりキスされたり。だけどそんな甘い恋なんて理想が高いし実際は冷めた恋と知らされたんだ。恋なんて直ぐに砕け散るだけ。指を片手で数えるぐらいしか付き合った事ないけど今までの彼はクズばかり。彼の前では好きを告げてキスを望んで嬉しくなれば溶けるほど甘くなっていく。それが永遠-とわ-へと幸せへと導く。幸せになれるのなら彼よりたくさん愛を告げて幸せな恋をするの。て望んで恋をしたのにそれは呆気なく儚く散った。永遠に幸せになるなんて遠い夢の話。甘えていた自分に苛立って彼にフラれるまで何もしない。好きも伝えないしキスもねだらない。今まで何度も男達から誘い受けて、行けば寝るだけ。夜の営みなんてしない。キスもしない。それだけでも男は満足する。こっちから、また今度。て伝えれば男は一言、二言残して出て行く。初めて恋をした頃は、また今度、て言うと大体の男が嬉しい表情を浮かべていた。その笑顔を見て俺も嬉しくなる。また会えるのが嬉しくなり会う日を楽しみにしていた。しかし会う度、男達の様子が変わっていた。愛想振りまいても素っ気無い態度。この男もあの男も俺に飽きているんだ。興味が無くなったからでしょ?知ってるよ。所詮、男は味に飽きたら違う味へといくんだ。だったらさっさと次の目標-ターゲット-へ行ってよ。中には「会うのやめようか」とわざわざ告げられ、その日以降現れなくなった男や「また今度」と言ったが一向に現れず裏切られた事もこの際、自分から言うのもやめよう。その言葉を信じて恋をしていた自分が馬鹿らしい。男にとっては俺はただの玩具。そんな自分を捨て自分の中にある陰と陽を遊ばせたらいいんじゃないか。男をちょっとからかうのもいいんじゃないか。そう変わってから直ぐに「別れようか」て言ってくれる。なんだ、言ってくれるんじゃん。だったら、俺も言おう。だけど今まで、また逢いたいという気持ちを入れて、また今度。て言ってたけど今は軽い気持ちで言ってる。そんな俺に男が「また今度ね」て行って出て行くけど、どうせ会わないつもりでしょ。て分かっていた。大体男はそうだったから。でもニカは違った。また今度。て俺が言うと、その日に予定を立ててくれる。ニカと会って徐々に冷めていた自分が消え去ろうとしていた。それと同時にニカに恋してる自分が現れた、多分ニカに事だから恋には鈍感。こうやってベッドの中でまったりする。一番心地いいけど何か刺激が足りない。今夜も何も起きないんだろう。ふとニカの背中を見つめた。もう眠ってしまったんだろう。そのまま見つめた後、身体を反転させ眠りについた。閉じた目に浮かび上がる記憶。それは今のように一つのベッドで寝たときの事。この部屋でのんびりしていたらニカが「終電逃した」と言い出し家に泊まる事になり入浴を済ませ後、ほぼ着てないトレーナとスウェットを貸した。俺は肌触りがいいパジャマを着た。「ロイヤルだの」「親に愛されてるだの」てニカに言われたけど。母親から貰ったの。て意地張って言い返した。そこそこ広さがある俺のベッドで一緒に寝た時、こんな質問した。


"キスしてって言ったらどう思う?"


意地悪な発言してみたらどう反応が返ってくるのか。ニカは身体を起こし俺の上に覆い被さった。その表情からして当然、困惑して何度も目を瞬きしていた。やっぱり言わない方がよかったのか、と後悔し始めた途端、唇に温かい感触が降りた。突然の事に目を瞑り身震いがし触れていた唇が離れていく。自分の唇に指を当て現実なのか感覚を思い出す。
「何その顔」
「いや、吃驚しただけ」
「自分からキスしてって言ったくせに」
「言ったけど本気でキスするなんて思わなかったから」
「しない方がよかった?」
言葉の代わりに首を左右に動かし、もう一度キスを交わして、また今度ね。て言うとニカも「また今度」て部屋を出て行った。それは初々しい甘いキス。そんな懐かしい記憶。それ以来、キスする事は無く自分からする事もなかった。自分からするのは何か違う気がする。俺は目を開け深い溜息を吐いて再び目を瞑り眠りへ落ちていった。

どこからが小鳥の囀りと和流が聞こえ目を覚ました。そこは見慣れた部屋ではなく森林だった。足元には程よい長さの葉に鮮やかに映える蒲公英と綿毛が生えている。その場に座り込み綿毛を手に取ってみる。軽く息を吹くと、ふわ、と綿毛が飛びそれを見つめた。どうしてここにいるんだろう。立ち上がり見渡しても新緑に囲まれてその隙間から差し込む輝かしい太陽の日差しに視界が多少痛かった。その中を歩き出すが歩いても抜け道が現れない。奥へと進むと新緑の中から赤い果実が実った木が現れた。歩き疲れた俺はその果実の木に立ち止まり見上げる。綺麗な赤い実。それは林檎だった。その実に手を伸ばしてみた。身長に届く位置にあったせいかすんなりと林檎を取れた。その林檎を服の袖で軽く磨き林檎を齧ってみると目の前が真っ暗になった。目を開けようとしても開けられない。意識も遠くなっていく。確か昔、読んだ御伽噺にあった。あ、白雪姫だ。白雪姫はおばあさんから貰った林檎を食べてしまい永遠の眠りに堕ちてしまう。これがもし毒林檎ならその道へまっしぐら。でもこの林檎は木に実っていた。毒林檎じゃないと信じるがもしかしてこの木自体、毒なのか疑ってしまう。それよりも速く目を覚めないと・・・。必死に目を開けようとした時。
「・・・っん、ぁ・・・あ?!」
自分の声に驚いて目を覚ます。隣にいたニカが既に起きていて心配そうな表情を浮かべ顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か?冷や汗凄いけど何の夢見てたの?」
ナイトテーブルに置かれていたタオルで汗に張り付いている前髪を退かして汗を拭いてくれた。
「白雪姫の世界にいた」
「白雪姫?」
「うん。森の中に居て抜け道を探してるのに一方も森の中から出れなくなってずっと歩いててその先に一本だけ林檎が実ってたの。その木に駆け寄って林檎に手を伸ばし取ってその林檎を齧ったら意識なくなって・・・」
「それ毒林檎だったとか」
「いや、まさか。白雪姫だったらおばあさんから毒林檎貰うでしょ?」
「貰ってないとしても永遠に眠りに堕ちたらお姫様は目覚めなくて突然、目の前に王子様が現れて・・・」
「残念ながら王子様は現れなかったの。眠りから中々覚めないし覚めたら王子様がいない現実だったし」
「現実がそんなに嫌?」
「そうじゃない。ただ憧れるなって、王子様のキス」
「現実にはないしね。ロマンチックだけど」
「現実だったら今すぐにでも毒林檎齧って眠りたい。そしたら現れるでしょ?王子様が」
「どうだろうね。王子様は男の前には現れないんじゃないか?」
「そうだよね。夢見る女の子じゃないと駄目か。自分が白雪姫のような感覚になれただけでも嬉しい事か・・・」
「そんなにキスされたいの?」
「されたい。でも王子様なんているわけないでしょ?」
「所詮、御伽噺」
「何どうしたの?暗い顔して」
「別に。いっそ白雪姫だったら千賀は幸せになれるのかな、て」
「どうだろうね。キスより恋をしてそれが実れば幸せになれるて言うけど俺にはまだ先の話。それこそ夢の話」
笑いで誤魔化すとニカの表情が苦痛に見えた。ニカは右腕を胸の位置まであげ腕時計に視線を下ろしベッドから抜けるとソファーに畳んでいた衣服を着始めた。
「帰るね」
「帰るの?」
「仕事だし」
「同じ仕事じゃん。ここから行けばいいのに」
「着替え持ってきてないし、準備というものがあるだろ」
「普段手ぶらなのにね」
・・・無言ですか。ニカの様子をじっと見つめながらニカは支度を済ませ部屋を出ていこうとする。俺は急いでベッドから出てニカの背中に抱きついた。一瞬、身震いし離れていくかと思いきや俺の腕から逃げる様子はなかった。
「逃げないんだ」
「うん。捕まってみるのも変じゃない」
「ニカらしくないね」
「まあ、な」
「ねえ・・・」
「何」
「キスしてほしい・・・キスがほしいだけ」
「夢の続き?それとも白雪姫にそんな話あったけ」
「思い出して。初めてこの部屋でキスをした事を」
思い出そうとしているのかそれともその発言に困惑しているのか沈黙が続く。
「キスをさらってよ」
とどめの一言にようやく動いたかと思う中、ニカは深呼吸を一つし俺の腕を外して俺の方へと振り向き顔を合わせ見つめられた。そしてリップ音を立てキスを交わした。懐かしい感覚。するとニカは俺の目を逃がさないように見つめ呟く。
「キスしてくれない?」
「・・・まだあげない。もう少し待って」
俺はニカの唇に人差し指を当て押し当てた。何度も告げている言葉。ニカは聞き飽きた感じに呆れているがそれでも俺から距離を取ろうとしない。もし自らキスをするのならもう少しだけニカの前で甘い恋をしてから。自分からするのは何か違う。ニカは分かってないから何度もキスを欲しがるんだ。でも欲しがるのは俺の方だよ。だってニカのキスが好きだから。ニカは俺に「またね」と告げ部屋を出て行った。ニカを玄関まで見送り、俺も仕事の準備しないと仕事に遅れるな。と部屋に戻ると視界にチェストの上に飾っていたガラス細工の林檎のオブジェが入った。林檎のオブジェを手に取りゆっくり右にずらしたり左にずらすと電気の瞬間で一部一部光沢を出している。もしこの林檎が落ちて壊れてしまったら今の恋より刺激なものがあるはず。わざと落としてみたら変わるの?こっちから誘ってみたらどう反応するの?そんな恋をしてもいいんじゃない。刺激的な恋を考えながら暫く林檎のオブジェを見つめそっとその林檎にキスを落とした。そして元の位置に戻す。時間を確認し余裕持って準備を始めキッチンに行き冷蔵庫を開けた。昨夜の残りを見つけ食事を済ませ寝室に戻りお気に入りの服を身に包みリング系のピアスを付け髪をアイロンでストレートにし手首と首に林檎の香りがする香水を付けた。最近林檎の香りが好き。苺より林檎。その香りを軽く堪能した後、愛用してる肩掛けの黒のバッグを背負い玄関へ向かった。これもお気に入りの白のドレスシューズを履いて仕事へ向かった。

メンバーが集まれば楽屋が賑やかになる。男子寮みたいな感じ。差し入れに夢中になったり自撮りをしたり個々の時間-とき-を過ごしていた。朝まで一緒だったニカも俺に悪戯しかけて、やめてってば。て言っても意地悪してくる。ちょっぴりイラつく事もあるけど嫌いになったりはしない。突然、ニカの動きが止まり振り返ると至近距離に見つめられ胸が高鳴る中、見つめ返した。視線反らしたら負け。見つめ合って、一秒、二秒。と数え、あと少しで唇同士が触れそうな時、扉の開く音とスタッフの呼びかけで我に戻る。収録に入ればプロ意識に変わり収録に挑んだ。あまりにも予想していた時刻より早めに終わった。かなりスムーズに進んでいた。控え室に戻ると同時に突然マネージャーに声をかけられた。俺、何かした?と不安を抱き返事をすると、突然明日オフになった。久しぶりのオフに喜びながら控え室を出ると「千賀」と呼び止められた。その声に振り返ると黒のジャージにキャップを被ったニカが立っていた。
「もう帰るの?」
「うん。ニカは?この後仕事あるの?」
「ない。一緒に帰らないか?」
「うん。ここで待ってるから」
「ありがとう。すぐ支度するから」
急いで控え室へと消えていった。俺の通路の邪魔の妨げにならないように控え室の扉から少し離れた所へ移動し壁に身体を預ける。スタッフやメンバーの声が聞こえる中、ニカが控え室から出てきた。「帰ろうか」と一言し俺は頷いてニカの横に並んで歩き出した。
「千賀、明日オフなんでしょ?」
「何で知ってるの?」
「さっきマネージャーに言われてたの聞こえてたから」
「うん。急にオフて言われても嬉しんだが嬉しくないんだが分からないんだよね。前からオフです、て言われてたら計画的に休みの過ごし方考えてたんだけどな」
「突然言われるから分からないし」
「そうだよね。明日何しよう・・・」
「あのさ、俺も明日オフなんだよね」
「え?ニカも?」
「うん。俺もさ急に言われたから何しようか考えてた」
「オフ重なるのって何ヶ月ぶりだっけ?」
「分からない。後輩連れてご飯でも行こうかな」
・・・チャンス。思い切って誘ってみた。
「ねえ、明日出掛けない?」
「どこへ?」
「御伽噺の世界」
「何それ?」
「白雪姫」
「どこだよ、そこ」
「森に行くの」
「どこの森?」
「・・・決めてない」
「何だよ、それ」
溜息をし呆れたニカは俺に声かけるかと思いきや、ふと足を止め楽屋に戻ってしまう。声かけると、一度振り返り「そこで待ってて」と一言残した。俺は再び壁に身体を預け待つ事にした。さっき見つめていた林檎のオブジェを思い出した。王子様にキスされて恋に堕ちたらあのオブジェのようなキラキラ輝くような恋が待ってるのかな。なんてぼんやり考える中、ニカが中々戻ってこない事に気付き始める。スマホで時間を確認すると十分程は経っている。呼びに行った方がいいのか。一歩前に足を踏み出した時、ニカが戻ってきた。
「待たせてごめん」
そう言うと用紙一枚を俺の前に差し出した。その用紙に視線を向けると地図が載っていた。見慣れない住所が載っていてこれが何を示しているのも分からない。
「ここどこ?」
「森」
「どこの森?」
「ライブのオープニング映像で撮った森。スタッフに聞いてネットで調べてくれた」
あの森か。懐かしい。撮影してから数年が経つのか。あの森は何だか心地よくて身体の奥底から消えるかのように伸びが出来てとても不思議な空間だったのを何となく思い出した。しかしその用紙を見つめ俺はある一点思った。遭難とか大丈夫なのか。心配しているとニカが俺の頭を優しく叩いた。
「心配するなって」
指で示す先に視線を向けると地図に行き方や時間、緊急連絡先まで細かく手書きで書いてある。これなら安心するかも。胸を撫で下ろし用紙をニカに戻した。
「スタッフに感謝しなきゃ」
「それは行った後に感謝しよう」
「うん」
スタッフの心遣いに目が熱くなり目元を抑え現場を出て駅まで歩く。そして駅のホームでお互い手を振りそれぞれの電車に乗り込んで別れた。車両に乗るとラインの通知音。通知表示には先程別れたニカからだった。


"お姫様へ。明日迎えに行くから"


いつからお姫様になったのか。王子様気取りかよ。ふっ・・・。と電車内で笑いが出ると周りの視線が気になってしまい見渡すと少し視線が痛く感じ、すいません。と一言謝り、画面に視線を戻した。即返信をし小さく深呼吸を一つ。白雪姫の世界か。お姫様の気分を少しだけでも味わいたい。林檎、家にあったかな。せっかく白雪姫の世界を味わうんだったら格好も白雪姫に近付けたい。流石にドレスなんて着れないけど。でもそんな雰囲気を味わいたい。俺は一旦駅を降りてスマホを操作させスタイリストに通話をかけた。白雪姫をイメージした衣装はないかと思いながらコールを待つ。2コールで出たスタイリストに聞いてみた。