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翡翠日記

日々の出来事、できるだけ書いてきます

三週連続して行われたこくみん共済リーグ。

昨日の2試合目に初黒星を喫しましたが、ここですこし休みが入ります。
考える間も無く一気に進んだリーグですので最後の節を前に負ける事が出来たのは良かったかもしれないです。

子ども達には
「決して悪い試合ではないし、頑張っているから」
と伝えさせてもらって次の節までに…
だから、
「自分が何ができていたか?」
をたくさん積み上げるようにお話をしました。
できてないことって何故か思い付くけどできていることだってちゃんとありますからね。
子ども達には減点法ではなくて加点法で自己分析できるようになってもらいたい。
この先はまだいっぺんには難しいと思うのでまずはそこまで。
でも、幸いにも今週末は学校行事で完全にオフです。
もし、自分で更に考えを発展させることができたら嬉しいですね。

というのが先日6年生の子ども達に出した課題です。
やる子やらない子。それぞれだと思いますし、それでいいと思います。

ここまでは子ども達との話です。

では、皆さんはどうですかね。

ポジティブな発想って実はやってみると難しい。
自分の置かれている状況を分析できるか?

自分の強み
自分の弱み

自分の置かれている機会
自分の置かれている脅威

これからマトリックスで考えられる優先順位付け、統合から戦略立案に発展させることができるか?

弱みや脅威って簡単に挙げられると思うけど、なかなか強みや機会ってあがらないと思います。それが当たり前になっていますよね。

これらが列挙できたらそれぞれ
強み機会
弱み機会
強み脅威
弱み脅威
の組み合わせから考えられることを考えてみると実は弱みは弱みでなくなり脅威は機会に変わり得ることがわかります。
否定を一旦頭から除く。

あれはダメ
これはムリ

というのは簡単です。
でも、それは弱みは弱みのままです。

じゃあ、どうするの?

って話ですよね。

あとは

あのせいで
あんな事があったから

なんて文句を言うのも簡単だし解決には繋がらない。
これも脅威が脅威のままですよね。

事象と人を否定するのは発展には繋がらないというのがよくわかります。


じゃあね、なんでもそうですね。やってみよう。としたらそれもどうですかね~~

Will
Can

の見極め。

できる事、自分達の立場や状況。
それは
自分達の状況で現実的なのか?
全体を考えた上でのアイディアか?
将来を見据えた発想になっているか?
実現するには?

いいアイディアならチャレンジしてみたいのは誰もが一緒。

やりたい→できる
に変換するにはどんな問題をクリアするのか?

難しい課題です。
新しい事を考えてやろうとすれば慣習というものが常に邪魔をする。多くの経緯があればそれだけ邪魔をする事があります。

「やりたい」ができるだけ多く「できる」になればそれだけ活気が出ます。

そこに立ちはだかる障壁をあげます。

常に邪魔をする障壁はあります。

現実
慣習

その障壁をどう乗り越えてくれるのか?

簡単に挙げられる障壁を乗り越えていけなければそれはまだ考える余地があるということ。
じゃあ、
そこで諦めてしまうのか?
更に乗り越えていこうとするのか?

新しい事を考えて言ってくれた事はとても嬉しいです。だから、負けないでもらいたい。新しい事を考えられる力がある人には是非、やってもらう。ではなくてやる。って思ってもらいたい。そんな期待をしてしまう。

意地悪いですね

今、本を読んでいます。
読み返し。





そこでクラブの空気について書かれていました。そこで


うちのクラブの空気ってどうなんだろ?


以前、練習試合に来てもらったある方には


凄い居心地が良いですね。

と言っていただきました。
とても嬉しかったです。

まあ、のんびりした空気は漂っているでしょうね

その方にうちの若いコーチに挨拶をさせたところ

卒業生でしょ?

と当たり

雰囲気でわかったよ。と。
それも嬉しいことです。

その若手のコーチの担当する学年のカップ戦に先日同行しました。
ハーフタイムのアップではコーナーキック遊び。何人かの子どもとその若手コーチがボールを蹴って中でみんなで合わせる。ってよく遊びでやるやつ。
みんなで

わあわあ
きゃあきゃあ

私も一緒に☺
周りで見ていたチームの人たちはどう思ったのかな?反対のゴールはみんなでならんでシュート練習。

そのハーフタイムが終わってそのコーチが一言


纏まりねぇ‼

って


まあ、試合こそは勝てませんでしたがその空気感。決して嫌ではなかったです。


そういううちの空気感に

物足りない


という方もいるとは思います。

そういう方はうちを選ばないのだと思います。それは仕方ないです。

でも、やっぱりうちはそうなのかな。


だれているわけではないと思います。
そりゃ、そういう時だってありますよ。ギリギリの事とかありますから
はたからみたら

なんか・・・ねぇ‼

と言われる事もあるかも。


もちろん場合によっては

凍りつく様な空気

って時だってあります。いつも温かい空気ではないです。トレーニングの時なんかは熱いなぁ。って時だってあります。熱すぎるかな?って時だってあります。

でも、やっぱりうちはこうなのかな?

これを無理に変えようとしたりってすると変な空気感になってしまうのかな。
と思います。


リップサービスでもあるとは思いますが、その方が言う


うちのグランドの空気感

もう一度思い直してみようと思いながらページを捲っています。
今日は3月11日です。
東日本を激震が襲いました。
あの日も寒かったですね。

私は当時は府中のオフィスの16階にいました。
2回の大きな揺れに恐怖を覚えました。
特に2回目の揺れは机にしがみつかなければ座っていられない程でした。机の下に潜るなんてとんでもない話でした。ビルが円を描くように揺れて・・・窓の外に見える東芝の府中工場の塔が左右に大きく歪みながら揺れていました。
揺れがおさまって都心の方を見ると黒煙があがってました。(お台場の火災)

それでもまだその時は本当の事は何も知らなかったです。

15時半前、2回目の揺れが落ち着いてしばらくしてビルの防犯センターから非常階段で外に避難するように伝えられました。みんなで16階から非常階段で降りました。近くの公園にみんなで集まって全員の無事を確認して。
その日は両親は東京の病院に行っていたのですぐにメール。両親は帰路、東海道線の多摩川の鉄橋の上で地震にあったみたいです。
とりあえず、お互いに無事なことは確認できて。

ビルの中にはなかなか戻れずそのまま公園で一時間程待機。
そんな時に私の隣にいた同僚の方が
『おい、これなんだ‼』
と映像を見せてくれました。

信じられない光景でした。

真っ黒な大津波が街を襲っているのです。




信じられない光景。



これは日本なのか?

ホントの映像なのか?



誰も状況がつかめない状態でした。

『東北で大津波らしい』

という情報が入ってきました。


まだ被害の大きさは全くわからない。
きっと地震大国日本だから大丈夫だろう。みんな無事に逃げているだろう。

なんて・・・































結局、この津波が原因で15000以上の命が奪われている

2016年(平成28年)3月10日、
死者は15,894人、重軽傷者は6,152人、警察に届出があった行方不明者は2,561人であると発表している
(ただし未確認情報を含む)

そんな中でまだまだ諦めていない捜索。

まだまだ続く捜索

行方不明・・・
それがどういうものなのか?当然計り知れないって思います。
5年。
あれから5年。
と一言でいうけどこの5年がどれだけ長いのか。






当時、世界から届いた祈り、支援
まだ復興とは言い切れないとは思います。

原発の地域ではまだ長い時間を要することがたくさんあると思います。


偉そうにこんな事を書いてはいるけど

私は

何ができるのか?
いや、何もできていない。

でも、忘れたくない。









☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

このblogは

地震の発生時間にあわせてアップさせていただきます。

尊い多くの命に祈りを。
まだまだ闘っている皆さんの平穏な生活が戻る日が1秒でも早くきますことを祈って。

何よりも

絶対に忘れないために。