この前も6年の帯同から早退してグランドに戻りましたが合宿の打ち合わせが長引いて結局練習も紅白戦も見られませんでした。
最近はお父さんコーチに任せっきり。
でも、コレが子ども達にとってはかなりプラスになってるいます。サッカー経験者ではないパパ達が違った角度から練習を考えてくれて
正直
うわあすげえ
って練習メニュー。
そういうアプローチもあるのか‼︎って感動です。
もしも、自分が見ていたらその角度からのアプローチはなかったよ。子ども達が笑顔になっているのを見ると口を出さないでこのまま見ていたいと思ってしまいます。
もちろん学年の方針を理解してくれて試合なんかでも真剣に見てくれているので課題も明確になっています。その場凌ぎの勝手な事を言っているのではなくて試合なんかでもメモを取って工夫の材料として蓄積してくれています。私もその大切さを再確認しているんです。帰ってから自分がサッカーノートをつけるようにしているんです。
以前、お父さんコーチとした活躍してくれていた方の事は今でも尊敬しています。
自分が上手くできないからと言って毎晩リフティングの練習をされていたとの事。子ども達ができるようになるのと一緒に成長してくれて。一緒に試合を子ども達としてもみるみる上手になられて驚きました。自分も練習をしているから「できない」目線でどうしたら子ども達がわかるのか?というアドバイスをされていました。できないのは練習しないからだと決めつけることがどうなのか?疑問に思うようになりました。当たり前ですけど初めからできないのは何も不思議ではない。ですよね。角度を変えて違う考えで見てみるとこんなにも子どもの成長が変わるのか。と学びました。
その方からはいろんな事も教わりました。人を認めて意見を述べる難しさ。当時の自分にはなかなか理解はできませんでしたがその頃からそんな風にできていたら自分の価値観がもっと広がって違った世界が見えていたのかな。そう思うと凄い損をした気分でとても残念です。
大人ばかりではありません。
子どもでも『何、それ⁉︎』って事に気付く事を示してくれる事があります。
なんでそんな発想が生まれるの⁉︎
でも、そんな発想が否定されて使えないと指摘されて子どもたちがそんな発想を生まなくなるのが寂しいです。レベルが高くて当たり前の考えの仲間には通じないだけ。その発想を大切にしてあげないと。
以前、合宿で子どもたちにリフティングコンテストをするよ。回数とかじゃなくて
俺、こんなところでリフティングできんだぜ!
というコンテスト。みんな必死に考えて練習していました。
つま先でやる子、肩でやる子。どこかで見たことがあるアイデアの連続。でも子どもたちは一生懸命でした。そんな中で1個上の学年で入ったばかりかつ行きのバスで酔ってしまって下の学年で練習していた子が
胸でやります。
胸?
その子は上体を軽く反らせながら器用に胸で3回やって見せてくれました。
子どもたちから笑いと拍手喝さい。
子どもたちみんな文句なしでコンテストの優勝者はこの子になって合宿でも下の学年の子からも大人気に。
思いつきのイベントから偶然が産んだ人気者。でも、その子はその後、見事にクラブでもレギュラーのポジションをゲットして頑張ってくれました。
なんですかね。わかっていても自分の見えるものや見てきたものが正しいとして諸々見てしまう。
自分では別の角度と思っていることが他の人からしたら全然真正面だったりして。そんないろんな角度が合わされば合わさった力はまたこれまでにない方向に大きな力で動き出すはずなのに。
そんな他の人の角度に気付ける様になったら絶対いろんな見え方って変わってくるのに。と思うのですが、まだまだ私も後悔する事も多くて。
難しいですね。

