昨日は審判の経験が浅いという話を書きましたが、そこにも繋がると思います。
資格を持つことを何かのステータスにしてしまうのはなんか違うって感じです。
審判でも
私が審判です。
みたいな感じでやっている人はよく見るけどこちらからすると
だから?
って感じです。
そういう人に限ってゲームをコントロールできてないでそういった立場に酔っているだけ。
そんな人間が上級のワッペンをつけてやっているとなると、それはたまった物ではありません。
指導者でも同じです。
一般的にはサッカーの指導者はD級からありますが、その上の資格取得には当然、努力が必要です。でも、以前その資格をとりたいと相談してきたスタッフがいたので既にその資格を持たれていた知り合いの方を紹介したところ
「若いのだからまず審判の上級から目指したら。」
と言われて本人は
「そっちはあまり。」
と
するとその方は
「なんのために資格を持つの?そんな気持ちなら持たない方がいいよね。」
と叱ってくださりました。
それからそのスタッフは目が覚めたのか、あらゆる勉強をして、もともと語学もできたので今ではスペインでコーチの修行をしています。

なんのために資格を持つの?
私にも重い一言でした。
もちろん、子どもに教える訳だからそれなりに子どもについての知識等は必要。
でも、それは資格を持ったから身に付く事ではなくて継続して学び続けるためのスタートにしなければ意味がない事ですね。
資格や立場って難しいですよね。
なんのためにそれらを使っていくのか?
その事によって自分のレベルアップをしていく。そのためでなければただのお飾りに過ぎないですからね。
アクセサリーとして上級ワッペンをつけているのであれば意味がない。
市内では三級審判を増やそうという事を進めているけど
人数がいればいい
って訳ではないですからね。
経験を積んだ三級審判
それが求められているのであって何かを間違っているように最近は思います。
1年や2年で経験とは言い難い。
という人をたくさん見ています。考えないと。
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