いま、この地球という惑星に何人の人が生きているだろうか?2015年5月21日1時57分に何10億人いるだろうか?90億人はいないだろう。しかし1分の間に何人かが死に、生まれている。しかし人類みな同胞という考え方にたてば、ぼくが知っていることが、ほかの人には知らないことがあるとすれば、いい情報は教えてあげることは’絶対にいいことだ’と思うがどうだろうか?天はこういう、受けるよりは、与えるがさいわいと。悪魔はいう、余計なお世話だと。物事は整理してみるとすっきりすることがある。いまの話がいい例だ。ある人には知っているが、ある人には知らないということがあるはずだ。この事実に反論するひとも稀にはあるどろう。しかしそういう人は屈折した人だから、無視してもいいだろう。聖なるものを犬にやるなということばがあるのだから。だから知らないことを教えてあげることは、’絶対としていいことだ’という結論になるが、ここまででOKですか?へそ曲がりはいくらで教えるのか、どうやって教えるのかというFACTERを言ってくるだろうが、整理上無視してみよう。いやこれは次回のテーマにしよう。今回は、’絶対としていいことだ’をまとめよう。思想の真偽に、絶対と相対に分類することは、整理上いいことだを話そう。高橋信次は転生輪廻論者でその信奉者がいる。転生輪廻信奉者も何十億人といる。これは真理か?これは大きなテーマだ。しかしこれを数行で整理してみよう。人の経験、体験は、宇宙の総経験、体験からすれば、限りがある。たとえば宇宙の歴史からすれば、人類に歴史は何億分の1にすぎないだろう。これに反論する人がいてもぼくはさきほどのように'無視する’。会でやりたくない人をかまっていたら何もできないのど同じだ。人の体験にもとずいた思想はことごとく、相対であり、想像であり、類推の域をでない。よって転生輪廻は人が作った偽物であると決定できるのだ。しかし創造論は、絶対である、神のことばであるBIBLEが言っていることだ。よって創造論が正しくて、真理であり、天が語っていることだ。反対に転生輪廻論は誤りで悪魔の言葉であるといえる。悪魔は、昔から、年老いた蛇と言われてきた。ぼくが知っていることで、人が知らないことあって、人に教えてあげたとしても、人から、あなたは高慢だという人がいても、ぼくはすっきりした気持ちになって、’無視したい’のだがどうだろうか?以上で今回は終わるが、どう伝えるか、いくらで伝えるかがテーマとして残っている。
最後にぼくのこの文章は段落をつくらないから、読みにくいだろうが、ゴメン、ゴメン。
