元NWAハワイヘビー級並びに元NWAハワイタッグチャンピオン
プリンス・ネフ・マイアヴァ選手が4月21日お亡くなりになりました
所謂、サモア系レスラーのパイオニアの一人ですね
アメリカ本土では怪奇派として活躍し、その後ハワイでの活躍が全盛期と言えるのではないでしょうか
1961年6月にハワイヘビー級・ハワイタッグ選手権の両タイトルを獲得
この時点で36歳
やや遅咲きではありますね
1961年6月14日ルイージ・マセラ選手からハワイヘビー級選手権を奪取
マイアヴァ選手→カーティス・イヤウケア選手(61年8月16日)→ロード・ジェームス・ブレアース選手(61年10月25日)→マスクド・エクスキューショナー選手(61年12月13日)→マイアヴァ選手(62年4月4日)→ジン・ラベール選手(63年2月15日)→マイアヴァ選手(63年4月24日)→ハードボイルド・ハガティ選手(64年2月5日)→マイアヴァ選手(64年4月8日)→ジン・キニスキー選手(64年7月16日)→マイアヴァ選手(64年8月27日)→ジョニー・バレント選手(64年10月8日)→ニック・ボックウィンクル選手(64年11月25日)→カーティス・イヤウケア選手(64年12月8日)→ルーサー・リンゼイ(ルーター・レンジ)選手(65年9月29日)→ロン・リード選手(66年1月5日)→リッパー・コリンズ(66年1月19日)→マイアヴァ選手(66年8月24日)→リッパー・コリンズ選手(66年10月19日)
本土から来る大物選手に度々奪われていますが、その度に取り返し、61年から66年まで主役を張っていた事になりますね
それにしても、キニスキー選手、ラベール選手に勝ってるのだから強かったんでしょうね
タッグ選手権の方も、61年6月28日にビリー・ホワイト・ウルフ選手とのタッグで戴冠
同年11月9日にはロード・ジェームス・ブレアース選手(全日本プロレスのPWF初代会長)とのタッグで4度戴冠
66年11月2日、パンペロ・フィルポ選手とのタッグで戴冠
これが、最後の戴冠です
その後は、リッパー・コリンズ選手、サム・スティムボード選手に主役を譲った形になりました
未来日であり、私が生まれる前に活躍した選手ですので、詳しい事は分かりません
享年93歳
謹んで御悔やみ申し上げます
