神様はいない
絶対にいない
一所懸命お祈りしたのにな
いろんな神様にお願いしたのにな
全て投げ捨て、想いが届くよう大きな十字架を自ら背負い歩いてきたのにな
神様なんて絶対いない
悲しみを与えるのが神様なら、きっとほくそ笑んでるんだろうな
さぞや気分が良いことでしょう
神様、仏様、ご先祖様、あなた達にはもう何も期待しない
何も願わない
今、命の灯火が消えそうな中、一生懸命病と闘っている人がいる
もし命が尽きてしまったとしたら、僕は一生憎しむだろう
努力
父親が脳出血で倒れて三年半
それ以前はサラリーマンの仕事をメインに、たまに家業の仕事を手伝う生活だった
いろんな事が出来た
いろんな人と会えてた
でも家族でたった一人の病人(要介護人)が生まれたことにより生活は激変
平日はサラリーマン
会社が休みの日はある意味事業者
時間のゆとりはほとんど無く、毎日毎日働いている
友と呼べる人ともいつしか縁遠くなり、それが何の違和感や不満にもならなくなった
そんな日常を「大変だね」「頑張ってるね」なんて言ってくれる人がいるが、自分自身そんな気持ちは一切ない
やるべき事をやってるだけだし、やる人がいなければ自分でやるしかないし、やれない事でもやれるようにならなければ済まない事だから
だから頑張ってるつもりもないし、苦労してるとも思わない
お金を稼ぐ為に試行錯誤で考えるのは当たり前
経費を削減する為に自ら行動するのも当たり前
外野から見れば頑張ってたり苦労してるように見えても、自分にとってそれは当然の状態で何ら特別な事じゃない
ただ、自分の中で一つだけ心がけてる事がある
『限界から+1%の努力』
「もう限界」「もういっぱいいっぱい」から1%の努力をする事
そのたった1%でも積み重ねれば凄く大きな意味や価値に変わる
「計画」→「段取り」→「行動」→「ジャッジ」
その繰り返しの中に1%の努力を加えたことにより花が咲き、実になってきた
大きな波も乗り越えて来られた
素晴らしい縁もいただいた
ありがたいことだ
感謝の気持ちを持っていなかったわけではないが、本当の意味で感謝が出来るようになったのは今の生活を始めてからのような気がする
それは自らを成長させることが出来たのかもしれないし、支えて下さった人達がいたからなのかもしれない
昔、「他人と同じことをやってたら良くて他人と同レベル、でも大抵それ以下、他人と同じ以上のことをやってやっと同等、他人より上を望むなら他人と同じことをやったり考えたりしてはいけない」と言われたことが頭を過る
また、「努力とは、出来ないことを出来るようになることではなく、誰もが出来ることを誰もが出来ないくらい継続すること」と言われたことも頭を過る
なるほどなと思う
悩む…
「うちの会社に来ないか?」
いわゆる引き抜き
悩む
本当に悩んでる
今の仕事に満足してるわけじゃない
だからと言って嫌いでもない
お役所系の仕事だから会社が倒産することもないし、17時にはキッチリ終わる
休みの数や自由になる時間は今の会社の方が断然ゆとりがある
でも給料的には歩合の部分はあるが将来性を含めて誘われた会社のが上だし、将来的には自分の努力次第だが役員までの道は明確にある
悩みの根源は二つ
一つは、誘ってくれたその人が苦手
もう一つは、数字に追われる営業職というのが不安
どうしたらいいんだろう??
これだけの説明だと、あっさり「断れば??」と言われそうだが、そこにはいろんな人間関係があり、断るに断れない
誘ってもらった仕事に魅力が無いわけじゃない
サラリーマンでは見えてこない将来は見えるから
どうしたらいいんだろう??
誰かアドバイスして欲しい…
いわゆる引き抜き
悩む
本当に悩んでる
今の仕事に満足してるわけじゃない
だからと言って嫌いでもない
お役所系の仕事だから会社が倒産することもないし、17時にはキッチリ終わる
休みの数や自由になる時間は今の会社の方が断然ゆとりがある
でも給料的には歩合の部分はあるが将来性を含めて誘われた会社のが上だし、将来的には自分の努力次第だが役員までの道は明確にある
悩みの根源は二つ
一つは、誘ってくれたその人が苦手
もう一つは、数字に追われる営業職というのが不安
どうしたらいいんだろう??
これだけの説明だと、あっさり「断れば??」と言われそうだが、そこにはいろんな人間関係があり、断るに断れない
誘ってもらった仕事に魅力が無いわけじゃない
サラリーマンでは見えてこない将来は見えるから
どうしたらいいんだろう??
誰かアドバイスして欲しい…
