おかしくない?
ちょっと気になる事がある
よくよく考えてみるとおかしいと思う
それは「仕方ない」「しょうがない」という言葉
一般的には失敗をしたり悩む事が起きた時に使われる言葉
僕が何故おかしいと思ったのか?
それはその言葉を使っている人が違わないか?ということ
僕が思うに
本来この言葉は第三者が当事者を慰めたり労う為に使われるものであって
当事者が使う言葉ではないのではないだろうか?
でも
現状はミスしたり落ち込んだ本人が自己に向けて使うケースが多いように思える
本人が自分の失敗やふがいなさを「仕方ない」とか「しょうがない」という言葉で自分の正当化をして美化してるのでは?
見苦しい!!
子供ならまだしも
いっぱしの大人が言い訳をして自己正当するのは堪らなく見苦しい!!
それが普通として成り立っている社会は腐敗しているのかも
よくよく考えてみるとおかしいと思う
それは「仕方ない」「しょうがない」という言葉
一般的には失敗をしたり悩む事が起きた時に使われる言葉
僕が何故おかしいと思ったのか?
それはその言葉を使っている人が違わないか?ということ
僕が思うに
本来この言葉は第三者が当事者を慰めたり労う為に使われるものであって
当事者が使う言葉ではないのではないだろうか?
でも
現状はミスしたり落ち込んだ本人が自己に向けて使うケースが多いように思える
本人が自分の失敗やふがいなさを「仕方ない」とか「しょうがない」という言葉で自分の正当化をして美化してるのでは?
見苦しい!!
子供ならまだしも
いっぱしの大人が言い訳をして自己正当するのは堪らなく見苦しい!!
それが普通として成り立っている社会は腐敗しているのかも
『覚悟』
僕の好きな言葉であり
座右の銘にしている言葉
『生きて虜囚の辱めを受けず』
この言葉は戦時中に日本軍で使われた言葉
年配の方は知っている言葉かもしれないけど
若い方には耳にしたことがない言葉だろう
これは
捕虜になるのは屈辱だから囚われの身になるくらいなら自ら命を絶つ
という意味
断っておくが僕は自殺推進者ではない
僕が感銘を受けたのは「覚悟」と「潔さ」
政治の世界でも、仕事の中でも、生活の中でも、安易に「覚悟」という言葉を口にする人がいる
でも口にしているだけで本当の意味で「覚悟」を決めている人がどれだけいるのか疑問だ
戦時中、海外の国では捕虜になっても無事帰還すれば英雄だった
でも日本では捕虜になるくらいなら自ら命を絶つという考え方があった
『覚悟』とはそれくらいの気持ちであるものではないのだろうか?
命を懸ける意思が『覚悟』ではないのだろうか?
「責任感」と「引き際」と「潔さ」
今の日本の社会には欠けてしまっている
失敗したら死ねとは言わないにしても、その責任を潔く負って引き際を間違えないで欲しい
そんな人に国にしても会社にしても引っ張っていってもらいたい
間違っても
人に真剣さを伝える為に責任を負う気も無いのに「覚悟」という言葉を簡単に使い
結果的に成し得なければ責任転換して自己正当をする
そして座から引かない
そんな卑怯者にリーダーシップをとって欲しくない
世の中、正直者がバカをみる
おかしな事だ…
座右の銘にしている言葉
『生きて虜囚の辱めを受けず』
この言葉は戦時中に日本軍で使われた言葉
年配の方は知っている言葉かもしれないけど
若い方には耳にしたことがない言葉だろう
これは
捕虜になるのは屈辱だから囚われの身になるくらいなら自ら命を絶つ
という意味
断っておくが僕は自殺推進者ではない
僕が感銘を受けたのは「覚悟」と「潔さ」
政治の世界でも、仕事の中でも、生活の中でも、安易に「覚悟」という言葉を口にする人がいる
でも口にしているだけで本当の意味で「覚悟」を決めている人がどれだけいるのか疑問だ
戦時中、海外の国では捕虜になっても無事帰還すれば英雄だった
でも日本では捕虜になるくらいなら自ら命を絶つという考え方があった
『覚悟』とはそれくらいの気持ちであるものではないのだろうか?
命を懸ける意思が『覚悟』ではないのだろうか?
「責任感」と「引き際」と「潔さ」
今の日本の社会には欠けてしまっている
失敗したら死ねとは言わないにしても、その責任を潔く負って引き際を間違えないで欲しい
そんな人に国にしても会社にしても引っ張っていってもらいたい
間違っても
人に真剣さを伝える為に責任を負う気も無いのに「覚悟」という言葉を簡単に使い
結果的に成し得なければ責任転換して自己正当をする
そして座から引かない
そんな卑怯者にリーダーシップをとって欲しくない
世の中、正直者がバカをみる
おかしな事だ…
人財
人は財産
決して材料ではない
でも、世の中どちらかと言えば
財産(人財)ではなく材料(人材)になっている
簡単に切り捨てたり
安易に傷つけたり
人情や人権といったものが随分薄らいでしまっているのではないだろうか?
上辺だけの薄っぺらい人間関係
心の伴わない付き合い
それが哀しく切ない日常の当たり前
人は人と出会い学び
人は人と別れてまた学ぶ
その繰り返しが人の成長を創造している
人は人にしか影響されない
良い意味でも悪い意味でも
それが成長であり進歩の始まり
人は財産
大切にしなければいけない宝物
決して材料ではない
でも、世の中どちらかと言えば
財産(人財)ではなく材料(人材)になっている
簡単に切り捨てたり
安易に傷つけたり
人情や人権といったものが随分薄らいでしまっているのではないだろうか?
上辺だけの薄っぺらい人間関係
心の伴わない付き合い
それが哀しく切ない日常の当たり前
人は人と出会い学び
人は人と別れてまた学ぶ
その繰り返しが人の成長を創造している
人は人にしか影響されない
良い意味でも悪い意味でも
それが成長であり進歩の始まり
人は財産
大切にしなければいけない宝物