他の人が経験し得ないストーリー | 主体性こそ集大成-Beyond the Borders-

他の人が経験し得ないストーリー

30歳を超えた頃に気づいたことを初めて書きます。


自分の人生というのは、徐々に(死ぬまでの)未来より(生きてきた)過去の方が長くなっていきます。

そして、人生が有限であることに気づくのです。

子供の頃というのは、目の前に広がる未来の方が途方もなく長く感じられるため、自分が貧しい家庭であるとかブサイクである、他と比べて劣る部分や少数派に属しているというコンプレックスみたいなものに悩んでいたんだと思います。人種や国籍で悩んだ人だってたぶんそう。
だって、その時、そんな自分と長い長い未来まで付き合っていかなければならないと思うからです。
生んだ親を憎んでグレたり、環境を恨んだりもする。

でも、長く生きてくるとそれはいつの間に逆転します。
そういうものは、大多数の人間が経験し得ない、マネのできない「ストーリー」に変貌するからです。ストーリーは常に生きてきた道にできた轍なのです。生まれてくる場所は選べないのは不公平だと感じていたのに、いつのまにか感謝するようになります。他の人と違う方が、周りの気を引かせる、興味を持たせることができるからです。

そういう環境で育った人は、親に感謝するのが少し周りの人より遅れるだけです。親も周りの子より感謝されるのは少し遅れますが、愛情という投資をあきらめなければ、その分感謝の大きさは他の何倍も大きくなって返ってくると思います。

ということでうちの母親、昌子に感謝。すでに開始してるのもあるし、遅れているのもあるが、最大級の親孝行を開始する。うれしさのあまり早死にしないように。