2005年シドニーFCユニフォームです。

 

2005年11月、カズは横浜FCからリトバルスキー監督率いるシドニーFCにレンタル移籍します。

期間は翌年1月31日まで。

シドニーFCは12月に行われるクラブ世界選手権への出場権を手にしていました。

思わぬ形で、FIFA開催の世界大会への出場の道が開かれました。

 

もちろんマーキングは11KAZU

当時、なかなか手に入らなかったユニフォームです。

 

移籍当初は21番を背負っていましたが、世界クラブ選手権では代名詞の11番に。

 

実際の選手用ナンバーと比べて1と1の間隔が狭いです。

オフィシャルマーキングと言われた当時のマーキングはすべてこの間隔です。

ただ、カズ選手のおじさんが経営する静岡ゴールで枚数限定で販売されたものは、1と1の間隔が選手用に近いものになっていました。

オリジナルマーキングだったのでしょうか。

たまたまそこでアウェイのユニを買うことができたのですが、胸のスポンサーは無しでした。

実際のカズ選手もアウェイの11を着ることがなかったので、ヤフオクで手放してしまいました。

 

そもそもオーストラリアAリーグのユニなんて枚数も少なく、

また販売経路もあまりなかったのでしょう。

「現地買い付けのため、この値段になっていますがご了承ください」なんて売り文句で、

平気でヤフオク価格(35000円とか)で販売する店舗もありました。

このユニは毎日ネットを見て、やっと見つけたものです。

通常価格であろう15000円ぐらいで購入しました。

デザインも色合いもかっこよく、お気に入りの一枚です。

 

そういえば、クラブ世界選手権では、左腕のHYUNDAIが黒シールで隠されていました。

これは当時の世界選手権のスポンサーだったTOYOTAの影響でしょう。

同じ車会社ですので。

こういうのも面白いですよね。

 

当時のシドニーFCにはヨーク選手がいました。

アウェーのアデレード戦での2ゴールの映像を見た時は、

さすがだなと思いましたね。

シドニーFCへ移籍する4か月前には、J1の神戸からJ2の横浜FCへ電撃移籍を果たしたばかり。

当時はJ1からJ2への移籍が珍しく、カズもいよいよ厳しいのかと思われていた矢先でのシドニーFCへの移籍、

そして2ゴール。

ここぞというところで必ずゴールを決めてきたカズの姿がよみがえり、胸が熱くなりました。

 

 

クラブ世界選手権では5位でしたが、最後の試合を終えた後、同僚に肩車されて場内を一周するカズを見て、

改めてすごさを感じました。

プロの世界で、移籍後1ヶ月半しかたっていないのに、肩車。

いかにチームに溶け込み、リスペクトされていたかがわかります。

私なんて、転勤したら慣れるのに最低一年はかかりますよ。

 

ちなみに当時発売されたこちらの『Number』

写真と『折れない魂』の文字がたまらなくいい。

保存用と閲覧用のため、人生で初めて同じ号を2冊購入しました。

閲覧用の表紙をラミネートして、職場の机に貼っていました。

これを見て、気持ちを奮い立たせていたんですね。

同僚からも、何かある度に「『折れない魂』ですね」と言われるなど、

当時の私のちょっとした流行語でした。

 

今も現役で、「折れない魂」を体現しているカズ選手。

このユニを見るたび、この表紙を見るたびに、

「よし、がんばろう」と思うのです。