まったりほっこり | king-adrianoさんのブログ

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今日は内容が濃い一日でした。



推している先生の授業で、今、フランクルの夜と霧を読んでいるんだけど、今日はスペシャルゲストで


一人芝居の役者さんと、脚本・演出家の方と、フランクルについて研究されている教授が来てくださった。


役者さんが、演じている姿を初めて真近で見て、役者さんの本気が伝わってきて圧倒されてしまった。


涙まで流して演じている姿は本当に真剣そのものだったし、


演じているというよりは、存在を真っ向から我々にぶつけてきている、と感じた。要は本当に熱が伝わったし、こちらも熱くなれた。




フランクルの言葉で印象的な言葉に、


私たちが生きることから何かを期待するかではなく、生きることが私たちから何かを期待しているか


という一節があるけど、なんかそう思える。



人生から、もっと言えば、命、生命、宇宙からの問いが先であって、自分たちの諸問題や悩み事っていうものは後からくるものなのかなぁって最近思う。


生かされてる。   なら、   生かしてくれている世界や“生” にちゃんと応えていきたい。



そんな素敵な午前中だった。

でも、残念ながら、寝てる人や怠惰な感じ丸出しな人もいたけど、、、、


そこは一人の受け手として、観客として残念だった。






午後は、というか、今までは、友人(というか同志)と率直な意見や思いをぶつけ合っていた!


うーん、、、、、   

考え直してみると、


真剣な話や本気な話をできる仲間が結構回りにいる。 しかも前向きな話し合いができる。 これってすごい幸せだ(^^)



今日も盛り上がった!  ありがとうはしもっちゃん!


同じような悩みや不安を抱えている人、友人、仲間とお互いの心境を愚痴って、嫌なもの吐き出して、そこから次に切り替えていけるような時間は本当にありがたい!


正直、大学にはもう期待とかしなくなったけど、それでも、人と人、同志と同志の出会いはこれからも大切にしたい!(^o^)/



率直な思いを書くと、


大学って本当に色んな人がいて、色んな時間の使い方があって、考えも人それぞれだと思う。


最近、とても違和感を感じたことは、


大学生でよく耳にする  「俺、○○○に旅に行ってきたんだよ!」「私、○○○へ行くんだ。」ってフレーズ。


旅すること自体は個人的にも好きだし、知らない世界を見て、新しい価値観に目覚めるきっかけとか色んな良い点があって、素晴らしいことだと思う。


自分自身、メンターというか好きな先生が旅メチャしていて、話聞くと色んな発見あったり、

友人で前もって行きたいところがって、っていう理由でキリングフィールド行った人もいて、すごい熱意や色んなこと勉強してきたんだなって感心することがある。

本当に考えて行動しているなぁって、勉強させられる。



けど、最近、旅すること=すごいこと、  あの人が、あの先輩が旅して来たって言っていたから、俺も旅することにした、みたいな感じで、


その人達同士で盛り上がって、別に旅してない人=、、、へえ。    みたいな人に良く出会う。

むしろ、そうすること=先に進んでる みたいにとれる人もいる。



もしくは、誰々さんが、A学年の時に~~~してたらしいから、私もやる!  だから、きっと前進してる! 

この団体に入ってるから、この人と知り合いだから、これやったから、前進してる!ってよく聞く。




個人的にだけど、それって全部誰かのマネでしょ? って強く感じる。別に人それぞれだから、自分に関係ない範囲なら関わらなければいいだけの話だけど、


先の旅について言えば、結局、誰かが旅は良いって言ったとしても、それは、その人が旅を通して何かを得たってことが大前提になってるし、それは旅した人が旅をした後に、そこで得た経験や知恵を自分でうまく吸収して自分の力でアウトプットできるようになったから言えることだと思う。

大事なのは行くことじゃなくて、得たものを活かすこと、つまり、得たツールを自分のものとして活かすまでの工程だと思う。

行った後なのに、行ってきてすぐに良かったとか、為になったって本当にいえるのかなって思う。


後者は、本当に大学入ってから思う。    すみません、、、これは、本当に、何なん!? って思う。


自分の目的や目標のために、例えばメンターや先生、先輩に相談してアドバイスもらうことは当たり前だと思うし、それがいらないのなら、スーパーマンか超人だなぁって思う!これは、ガチ!    実際少数だとしても現実には存在してるから、、、、うらやましい  笑


きっかけや、進む道の簡単な土台を作るためならわかるけど、


結局、自分は自分でしょ? いくら誰かのマネをしても、いくら誰かと同じ道筋を歩んでも、生がある以上、“自分”という存在からは逃げられない。


誰かにとっての良薬は、自分にとっては、普通のものかもしれないし、毒薬かもしれない。


万能薬なんてないと思う。



!!!!!!!なんかくどくなったけど、やっぱ、自分は忘れちゃいけないなって思った。


ここでいう自分は、がむしゃらに自分が絶対っていうことじゃなくて、


自分より秀でている人の言葉や態度で、自分の直すべきところは直す。立ち止まるところは、止まってみる。リラックスして息抜きしてみる。  いろーんなこと柔軟に吸収しょうってこと。


あとは、最近言われて納得したことで、外せないとこを着実にものにすること。

そのために、アンテナ張って生きること。

その中で、

やっぱり、自分の意思や信念を作っている基軸は、“自分”はぶらしたらいけないなってこと。



あ~~~~~やばい、眠い、、、、言っていることがよくわかんなくなってきた。



でも、最後に今日はしもっちゃんと話せてよかった。群れることから離れて、一人でいることが孤独なんかじゃなくて、孤高なんだって思い直せた。


っていうか、今思っていることも正しいなんてことは無いし、この先どういう考えの変化があるのかも楽しみだ。


まとまんないけど、今日はこれでいい。笑    ヒーハー