母との闘病期間約2年3か月。

 

長いようで短くて、そして抗がん剤が

効かなくなるたびに何度も死刑宣告を

される感じだった。

ドクターも嫌だったろうね。

可哀そうだったとおもう。

 

仕組まれていたかのように思うことは

もう一つある。

 

それは今、やっている仕事が母にとっては

ものすごくいやだったようなのだ。

 

それは母の病気の発覚直前に始めた

ビジネス。

その後看病に入っていたから、ビジネスは

一向に進んでいない。

 

これも母の思いどおりなのかもしれない。。。w

 

親は最期に自分の死ぬ姿を子供に見せて

教えるという。

それが最後の教育なのだという。

 

一番ショックを受けて、一番感動したのは、

火葬場から出てきた母の骨を見たときだった。

 

私は祖父や叔父が亡くなった時に、何度か

見ているけども、一番粉々だった。

 

頭蓋骨とのど仏がかろうじて残っているくらい

だった。

本当にかろうじて。

 

このひとはこんなになるまで一生懸命

生きたんだなと。

薬のせいだったかもしれないし、年齢の

せいだったのかもしれない。

 

でも

私もこんな風に生きなくてはいけない。

と思わされた。