叔母が脳梗塞で倒れ、気が抜けてしまい、
以前の物静かな性格にかなり拍車がかかってしまっていた叔父。。。

介護キーパーソンであるいとこも、様々な事情から老人ホームに
入れることを決断しました。

その後、叔父はどうなったのでしょう。

老人ホームに入った叔父は、以前の性格はどこへやら、、、。
めちゃくちゃ明るいようです。
入居者はもちろん同年代のおじいちゃんおばあちゃん。
同級生のような人たちに囲まれて毎日歌ったり踊ったり、
おどけて笑いあったりしているようなんです。

もちろん認知症同士なので、わかっていて楽しいのかは
わかりませんが、私のおじさんのイメージが全く覆りました。

おじさん、歌なんて歌った事ないじゃない。
おどけたことなんてないじゃない。


いとこも、叔母のところに行くと悲しくなるのですが、叔父の所に行くと、
楽しくて長居をしすぎてしまうという事です。
現に、私の両親とまた別のいとことお見舞いに行ったときには
楽しすぎて、長居しすぎてしまい、待ち合わせ時間に大幅に遅れました。

ちなみに、うちの親戚は皆、ドライではなくどちらかというウェットな方なので
老人ホームで見るというよりも、家で引き取る方を選択しがちな人たち
ばかりです。

そういう親戚が、楽しいというのだから本当なのでしょう。

もちろん本人の性格とか環境などで、また変わるのだとは思うのですが。

叔父にとってはホームはとても居心地の良い所で、娘と家で二人きりで
暮らすよりも幸せだったのかもしれません。
もちろん想像でしかないので、家で暮らしたとしても、それはそれで
良かったのかもしれません。そしてむしろ自分で介護したいという子供がいる
ことは、もちろんこの上ない幸せなのだとも思います。

多分、、ここからは私の想像でしかないのですが、認知症への最適な
接し方ってあるのかもしれないですよね。
介護の方々ってプロですから、それがわかっているのかもしれません。
もしかしたらその方がお互い幸せな場合もあるとも思うんです。

しかし自分の事となると、、、

私の場合、父が残されることになります。
父の老後どうするという話になると思います。
もしホームに入れるという事になったら、私自身罪悪感にさいなまれると思います。
老後の世話は、私の中で自分の仕事だという強迫観念みたいなものがあり、
それをしないで逃げ出すということは、親に悪いのではないかとも
思ってしまうのです。可哀そうとか。

でも叔父の話を考えると、そう思うのは自分だけで、実はホームに入った方が
お互い幸せな場合もあるとも考えるのです。

人の事だと冷静に判断しアドバイスもできるけど、自分の事となると、
親に対しての思いなどがあるからどうしてもうまく行かないものなんでしょうね。